もし、あなたがひょんなことから中野という町に住むことになり
三階建一軒家を手に入れたとする。
その家には半外半内の不思議な空間もついていて──。
様々な界隈で活躍する「趣味剛者」に
中野で趣味のための家を持ったらどうするか?
かなり自由に趣味のための空間を妄想してもらう企画です。
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vol.1
曽我部 恵一さん -
vol.2
高山 洋平さん -
vol.3
大童 澄瞳さん
観察と問いのBOX
目の前の風景は、なぜこの形をしているのか。誰が、何のためにそう決めたのか。
『映像研には手を出すな!』の作者・大童澄瞳さんと歩くと、街のあらゆるものが「問い」に変わっていきます。
中野を訪れるのは「多分初めて」だという大童さん。
一つひとつの背景を読み解きながら歩いた先に、どんな趣味空間ができあがるのでしょうか。
今回のHOBBY BOX妄想者
大童 澄瞳 さん
1993年生まれ、高校では映画部に所属。専門学校卒業後、漫画を描き始め2015年コミティア111に出品。2016年『映像研には手を出すな!』にて連載デビュー。イラストレーター、映像作家、VTuberとしても活動。
ありとあらゆるものに、
作り手がいる。
大童澄瞳と歩く、
暮らしの街・中野
嘘をつくにも、
言い訳がほしい
最初の目的地は、大童さんが「行きたいところナンバーワン」に挙げた哲学堂公園
事前にお送りした候補のなかから、どうしてこの公園を選んだのでしょうか。
哲学も公園も好きなんですけど、一番気になったのは、ここの設計思想ですね。庭園って、園内を歩いて巡らせる回遊式とか、いろんな型があるんですよ。この公園は多分その回遊式で、そこに哲学的要素が乗ってる。珍しい組み合わせだなと思って。
……あ、ザリガニがいますね。アメリカザリガニです。日本にはザリガニが3種類いるんですけど、そこらじゅうで見るのはほぼアメザリ。どんだけ汚いところにでもいるし、赤いので分かりやすい。形でいうと、僕はニホンザリガニのほうが好きですね。アメザリより丸みがあって、そこがかわいい。
普段から公園にはよく来るんですか?
それが漫画の仕事をしているとなかなか外に出られなくて。でも、こうして公園を歩くのは好きですね。自宅でビオトープをやってるので、こういう場所で見つけた工夫や発見を自分の庭に持ち帰ったりしてます。
例えば、石のまわりにツワブキみたいな植物を植えるだけで、歩くルートが自然と生まれる。木の位置で視線も誘導できるし、池をのぞき込める場所に石を置けばそこを踏みたくなる。そういうさりげない動線のつくり方を見て、「ああ、なるほど」って。
話しているうちに大きい池に出ました。すごい数の鯉がいますね。
この鯉って実は観賞用として持ち込まれた外来種なんですよ。在来の鯉は琵琶湖をはじめ、ごく限られた場所にしか残っていないと聞いたことがあります。口がぽっかり丸く開いて、底の土をハムハムしながらかき混ぜちゃうから、池の水もこういう少し濁った色になるんです。
先ほど、なかなか外に出られないという話がありました。今日のように、仕事で外を歩ける日はうれしいものですか。
そうですね。先日も仕事で高知へ行く機会があったんですけど、前乗りして四国カルスト(*石灰岩が雨水などに侵食されてできた地形)を見に行きました。レンタカーを借りて、200キロくらい走ったのかな。草原が丘一面にわーっと広がって、そのなかにゴツゴツした石が点在している。あまり見られない景色なので、すごく感動して。……あ、ちょっと待ってください。これ、すごいな。
どうされました?
ここ見てください。芝がところどころ、飛び地みたいに生えてる。芝って地表や地中を横に這う茎で広がっていくんですけど、こんな細い隙間の下も通っていくんですね。
まったく気づきませんでした。こうした発見は漫画にも生きそうですね。
そうですね。例えば芝を描くとき、茎が地中でつながっていると知っているから、つい表面もひと続きに描くじゃないですか。でも実際には、こうして途切れて生えることもある。構造を知らずにたまたまそう描くのと、分かったうえで描くのとではだいぶ違いますからね。
それこそ僕自身、小さい頃は人の作品の粗探しばかりするような読者だったので。描く側になった今は、昔の自分を納得させられる絵にしなきゃいけない。カルマみたいなものですよね。仮に嘘をつくにしても、その嘘が成り立つくらいの言い訳は用意しておきたいんです。
暮らしが滲むものは、
情報量が多い
哲学堂公園を出て、次の目的地へ。住宅街を歩いた先に現れたのは、高さ約34mの「旧野方配水塔」
いやあ、近くで見ると迫力ありますね。
ですね。事前に候補としていただいた時から、かっこいいなと思っていて。でも、なんでこの場所に建てたんだろう。……配水塔があるということは、このあたりに水を供給する必要があったわけですよね。町外れに建てたら配管が長くなっちゃうので、かつては町の中心に近い場所だったのかな。あるいは、ここが水を引き込みやすかったのかもしれませんね。
一つの建物からそこまで想像が広がるんですね。大童さんは建物への造詣も深いと思うのですが、特にどんなものに惹かれますか?
なんだろうなぁ。見た目がかっこいいものももちろん好きなんですけど、より魅力を感じるのは、こういう暮らしに根付いたもののほうですね。建物って、その場所とめちゃくちゃ関係してるので、地図と照らし合わせながら「目的があってこうなったんだろうな」と考えるのも楽しい。人々の生活が滲んでいるぶん、情報量が多くて、いくら見ていても飽きないんですよ。
あ、あそこの木の上にワカケホンセイインコがいる。これも逃げ出した個体が繁殖したやつですね。緑色だから、葉っぱに紛れると全然わかんないな。
「面白い」が
物差しの家族
休憩のため、中野駅近くの貸会議室へ。タクシーを待つあいだもたっぷり解説いただいた。
さっきから、植物や生き物の名前がすらすら出てくるし、説明もすごく分かりやすいですよね。そうした知識はどうやって身につけたんですか?
父親が造園とかできる人なんですよ。東京農大の造園学科出身で、遊ぶといったら外みたいな家だったので、小さい頃から一緒に庭をつくったり、木を切ったり、焚き火をしたり。植物の見方から道具の扱い方まで、一通り教わってきました。
話し方も完全に父親の影響ですね。日頃から「こうやって話せばもっと面白いのに」って言われてきたので。エピソードトークをすると「振りが弱い」とか「落ちが読める」とか言われるんですよ。もちろん半分は冗談ですけど、半分は本気だったと思います。
ちなみに、他のご家族はどんな人たちなんですか。
母親はいわゆるオタク第一世代ですね。宮崎駿が自分のスタジオを持つ前から「宮崎駿ってやばい奴がいる」と言っていたような人で。『未来少年コナン』を教えてくれたのも母親でした。あと姉が一人いるんですが、彼女もガチガチのオタクで。小学生の頃は姉と一緒に押井守の『イノセンス』を見たりなんかもしてました。
家族それぞれ好きなものが分かれていたので、話すなら相手がちゃんと面白がれる内容にするか、自分なりの切り口を持つか、自分にしかない知識を持ち込むか。そういうことが自然と家庭の中の一つの物差しになってましたね。
ご家族とのやりとりで印象に残っていることはありますか。
僕、末っ子なので「チビト」って呼ばれてたんですけど、中学生くらいの頃に「チビトも面白くなったね。昔は全然だったけど」って言われたのは覚えてますね。「ああ、やっと家の中で面白いことを言えるようになったのかな」って。
それから最近『映像研』の連載10年の節目に家族と食事をしたときも、「会社員になっても二日で辞めると思ってた」って言われて。僕、学校にも行ってなかったですからね。まあ確かに、こうして仕事を続けてこられてよかったなとは思います。
率直でユーモアのあるご家族ですね。ところで今日は大童さんのリクエストで、中野のハザードマップと古地図を用意しました。配水塔で「地図と合わせて見る」とおっしゃっていましたが、普段はどんなふうに見ているんですか。
ハザードマップは、実用的に見ることが多いですね。家を探す時にこの辺りは大丈夫かなとか。ただ、これで分かるのは要するに土地の高低差なので。じっくり読み解いていくと、水害以外のことも見えてくる。
例えばここ。中野駅の南側ですけど、浸水想定区域に沿うように太い道が走ってますよね。こうして蛇行してるのには、曲がる理由があったはずなんですよ。しかも水深2〜3mと書いてある。ということは、昔はここに川があったんじゃないかな。
では、1941年の古地図で答え合わせしてみましょう。
……あ、ほら。やっぱり川がありました。ここが暗渠になっていて、川に沿うように道が通ってる。今は川にふたをした状態ですけど、多分、下ではまだ流れてるんじゃないですかね。
こういう遊びをGoogleマップでもやるんです。「絶対ここに川があるはずだよな」という箇所にピンを立てておいて、後日行ってみる。そこでコンクリートの板に覆われた水路なんかを見つけたりすると「あ、やっぱり」みたいな。なぞなぞを解いたみたいな快感があるんです。
あとは、航空写真で街を眺めている途中にでかい家を見つけると、それだけで楽しくなっちゃう。うちも結構でかいので「一体どんな庭を造ってるんだ?」とか、ちょっと張り合いたくなるところもあって。
「うちも結構でかい」というと、どのくらいなんですか。
200坪ちょいぐらいですかね。父方の大叔父が持っていた土地と家を継いだんです。大叔父は仙台から関東に出てきて酒屋を営んでたんですけど、子どもがいなかったので僕が養子に入ることになって、その流れでうっかり。だから僕の「大童」という姓も、大叔父の家系の名字なんですよ。全国に70人くらいしかいないらしいんですけど。
ちなみに『映像研』に出てくる金森氏の家は、その酒屋だった家の間取りを参考にしてます。かなり古い建物だったので最終的に取り壊したんですが、その前に写真を撮りまくって、ほぼそのまんま描きましたね。
好きだからこそ、
むやみに買わない
タヌキ小路からサンモール商店街を抜けて、中野ブロードウェイへ
せっかくブロードウェイに来たので、趣味の話も。大童さんって、物を集めるのが好きなイメージがあるんですが、実際のところどうなんでしょうか。
それなりに集めている方だとは思います。ただ、物を増やしていくことには、ずっと迷いがあって。父親から、「備えよ常に」というボーイスカウトのモットーを叩き込まれて育ったので、ヘッドライトとか救急キットとか、そういったものを持ち歩くようにしてるんですけど。
でも本当は物に頼るより、いざという時に何とかできる技術と知識があったほうが身軽じゃないですか。だったら絶対、そっちのほうがいい。物はそれだけで場所を取りますし、持つことや集めることにどこまで意味があるのか。いつも考えてしまいますね。
3階の鉄道模型店。吸い寄せられるようにラックの前へ
「集めることに、どこまで意味があるのか」というお話だったんですが。
そうなんですけどね。……いや、これは見てるだけですよ。鉄道模型は終わりがない世界なので、なるべく近寄らないようにしてるんです。ただ、模型が人の手を離れて動く姿には、ワクワクしちゃいますね。線路に載せてコントローラーをひねると、シャーッと滑り出すじゃないですか。あの瞬間に「おお、勝手に動いてる」って。
どんな車両が好きなんですか。
貨物の機関車ですね。旅客用じゃなくて、荷物を運ぶ用の無骨なやつ。あとはちっちゃいやつ。銚子電鉄のデキ3という動力車を持ってるんですけど、あれはかわいすぎて買っちゃいました。
それにしてもこの青いやつ。EF66、ブルートレインって書いてありますけど、形がマジで可愛い。見れば見るほど好きになってくるのでやばいですね。
それはもう、買うしかないんじゃないですか。
買ってしまうと、歯止めが利かなくなるという恐怖があって。だから買う前にまずいろいろ調べるんです。現実の貨物列車は長いので、3両編成だとリアリティとして絶対におかしい。じゃあ、適切な編成にしたらいくらかかるのか。手持ちの線路の長さで足りるのか。そもそも置く場所はあるのか。
直感で買うのもいいと思うんですけど、何の知識もないまま手を出すのは申し訳ない。オタクとしての配慮というか、人の信仰に関わることなので。
人間は苦手、でも好き。
夕方、ふたたび会議室へ。一日を歩き終えて
一日歩いてみて、中野はどうでしたか。
中野、すごく過ごしやすいですね。あんまりプレッシャーを感じない。
おめかしして出かけるような街ってあるじゃないですか。僕は実用に傾きがちな人間なので、服もポケットの多さとかで選ぶんですよ。だから、ああいうおしゃれフィールドに身を置くと、「うわ、なんだあいつ」って思われてんじゃないかって考えちゃう。
その点、中野を歩いてる人は、ここで生活してるか、自分の好きなものを目指して来てるか、食べる場所や飲む場所を探してるか。みんなの「こうしたい」が集まって、そのまま街になってる感じがして、居心地がよかったです。いろいろなジャンルのなかから、自分に合うものを選び取れる場所だなと思いました。
今日一日、大童さんの目はずっと、ものごとの背景にある事情や暮らしに向いていたように見えました。
最後に不躾な質問をしてしまうんですが、大童さんって人間、好きですか?
うーん……。苦手ですけど、好きですね。だって、ありとあらゆるものに作り手がいるんですよ。このテーブルだって、メラミン天板だなとか、縁が木目調になってるなとか、よく見るといろんな発見がある。デザイナーがいて、寸法に悩んで、この形に決めた人が絶対にいる。全部、誰かの判断と、何かの事情があって、その形になってるんです。
僕はもともと、建築とかものそのものが好きというより、「人が考えて作ったんだろうな」と思いを馳せるのが好きなんですよ。だから、ものをちゃんと見ようとすると、勝手に、その向こうにいる人のことを考えることになる。
これは人に対しても、同じ感覚なんです。たとえ理解できない振る舞いをする人にも、そうせざるを得ない事情がきっとある。そう想像すると、なるべく愛のある形で接したくなるんですよね。だから人間も、苦手だけど、好き。多分、そういうことだと思います。
街のすべてに、形を決めた誰かがいる。
それを一日かけて確かめた大童さん。
最後に、自分の理想とする「趣味部屋」を
妄想してもらいました。
観察と問いが
テーマのHOBBYBOXは
大童さんが中野で見つけたものや、
観察&工作設備も備えたロマンがありつつも、
しっかり実用的な側面を持った
空間です。
大童さんの解説で気になるポイントを
聞かせていただきました。
POINT 1
大童さん
ボール盤やスライド丸鋸等、大き目なDIY道具を置きっぱなしで使えるスペースは最高。
集塵機や100V溶接機、コンプレッサー等、かさばるものは多い。
できればサブロク板や6ftの材くらいは横にして加工できるとよい。
奥行きも。
INITIA
木くずが出たり、汚れる可能性がある作業を心置きなくでき、更に作業途中の状態で”置きっぱなしにできる”空間があったら、確かに最高ですよね!それこそ本当の意味で作業に没頭できる空間だと思います。
POINT 2
大童さん
刈り払い機やウッドチッパー等並べておきたい。
いい道具を探し始めると道具が増える!
整理しながら奇麗なスペースとして使いたい。
INITIA
このような大きな機械を並べておくのは、空間の使い方としてかなり贅沢ですね…!奇麗に整理されていると、一気に自分のために作りこんだ基地感が出ますね。
POINT 3
大童さん
鉢に植物を植えながら、水槽を池に見立てるビオトープ風レイアウト。
近隣の水系から植物採取や生物採取をしながら観察がしたい。
町を探索して水源を探したり、地図を見るきっかけにもなる。
※生き物の採集にあたっては、法令や地域のルール等をご確認ください。
INITIA
まさかの水槽でしたか!(笑)
住む場所で見たり感じたりしたことをご自身の中に落とし込み、楽しみながらまた表現に活かしていく、大童さんならではの素敵な妄想ポイントですね。
POINT 4
大童さん
空間全てが趣味ではあるが、小物を並べるスペースが欲しい。
そこらへんで拾う石ころから、宝石とされる鉱物の類も並べる。
骨董のガラス類なども好きなので、落下には気を付けたい。
INITIA
石ころ、鉱物、骨董・・・全く別ジャンルのものたちが当たり前のように共存している雰囲気が、中野の街の性格ともリンクしている気がします。
好きが詰め込まれた空間って、やっぱり良いですね。
POINT 5
大童さん
基本的にデジタルで絵を描くし、DIYには先人のアイデアが役に立つ。
スマホも便利ではあるが、同時に複数の事を横断的に調べるならPCが好き。
地図も見られるし。
INITIA
上記pointの、アナログに手を動かす部分とは性質の異なるスペースですね!大童さんのこの妄想を、必ずしも住宅に興味のない方も含めて広く、一緒に楽しめる可能性がある。それもデジタルの良さですね。
妄想を終えてみて
今回中野を散歩してみて、暮らしに趣味を組み込みやすい街だと感じた。
生きる為に生きているわけではない自分にとって、稼ぎ食うだけではなく、沢山の情報が溢れる街はまさに生きやすい空間だ。
カルチャーの物理空間にアクセスしやすい「タイパ」とかではなく、そこに身を置くだけで情報が流れ込んでくる「環境」である。
牛乳を買いに家を出て、知識を一つ増やして家に帰り、その知識を、家で一番お気に入りの棚に飾る。 大童 澄瞳
Photo / Keisuke Oana
Writer / Yoshiyama Hyuga
妄想HOBBYBOXとは?
この企画では中野を愛する人、カルチャーを愛する人、
倉庫という余白を愛する人の3名に趣味の街・中野を散策してもらいながら
もし中野に「趣味のためのスペース」を作るならどうするか?
ご自身の制作活動や暮らしへの嗜好、そして何より「趣味」を紐解きながら
独自の趣味空間=妄想HOBBY BOXを作っていただきました。
中野という街は不思議な場所で交通の便もよく大きなスーパーなどもあり
暮らすことに対して便利な街でありながら、ギークな趣味の街としても名前があがります。
相反する二つの状況を丸ごと飲み込んだ中野らしさについ惹かれて
人生の一部に居座ってしまう人も多い街です。
よく行く夜遅くまで空いているラーメン屋
その後なぜか立ち寄ってしまうベンチ
落ち込んだ時にたどり着く公園…
きっと誰しも経験のある、街に支えられて生きている感覚は
街がただの背景ではなく私たち自身に影響してお互いを形作っている
証拠なんだと思います。
中野という街が、人の偏愛や創造力に触れたときどんな空間が出来上がるのか
ワガママを詰め込んだ、妄想HOBBY BOXを開いてみましょう。