一度離れて、またこの場所へ。<br>再入社者が語る“コスモスイニシア”の今とこれから ~建築部門~

一度離れて、またこの場所へ。
再入社者が語る“コスモスイニシア”の今とこれから ~建築部門~

「もう一度、コスモスイニシアで働きたい」――。そんな想いを胸に、当社に再入社する人が増えています。それぞれのキャリアや人生の転機を経て、再び“コスモスイニシアの建築”の現場に戻った3人の、再入社の理由とは?そして、今のコスモスイニシア建築部門で感じているやりがいや、これからの夢とは?それぞれのリアルな声をお届けします。

PROFILE

操野正典/Masanori Kurino

名前

操野正典/Masanori Kurino

経歴

建築本部 統括部/コスモスイニシア歴 通算21年
大阪府出身、2000年中途入社。
一級建築士事務所、賃貸事業部に従事。2011年から化粧品業界で経営企画・マーケティングを経験し、2015年に再入社。現在は建築本部統括部兼西日本建築部で商品企画や統括業務を担う。

PROFILE

木村真弓/Mayumi Kimura

名前

木村真弓/Mayumi Kimura

経歴

建築本部 統括部/コスモスイニシア歴 通算12年
岩手県出身。1999年に新卒入社。
営業部、建築監理部を経て産休・育休から復帰後は本社建築統括部に所属。一級建築士。事業再生ADRを機に2009年退職。同業他社と設計事務所を経て2024年に再入社。

PROFILE

小林千春/Chiharu Kobayashi

名前

小林千春/Chiharu Kobayashi

経歴

建築本部 統括部/コスモスイニシア歴 通算19年
神奈川県出身。2004年入社。
新卒で新築マンション営業を担当し、その後本社一級建築士事務所で商品企画や統括業務に従事。出産後に再入社し、現在は建築部門の統括領域を担う。一級建築士。

それぞれのキャリアと「戻る決断」

インタビューでは、笑いあり、真剣な表情あり。「役に立てるか迷った、自分が戻るとは思っていなかった」という言葉に、3人の覚悟と想いがにじみます。「将来子どもに自分の仕事やその選択についてどう説明するか」「保育園を2日で決めた」など、人生の選択にまつわるエピソードも飛び出しました。

操野

私の場合、1999年に新卒で他の会社に入社した後、2000年1月に関連のあったリクルートコスモス(当社)に入社して一級建築士事務所に配属されました。2008年のリーマンショックの際に当社は事業再生ADR(裁判外紛争解決手続)での経営再建手続きに入り、2011年3月末で退職して、大阪の化粧品会社に入社しました。

退職後は化粧品会社で経営企画やマーケティングに携わり、建築の仕事をしたいという気持ちに区切りをつけていたという操野。子どもに自分の仕事について説明するシーンを想像したことが、再入社を決めるきっかけとなったそうです。

操野

コスモスイニシアの人から声をかけてもらったタイミングで、将来子どもから「お父さんは何で建築の仕事をしないの?」と聞かれた時のことを考えました。「一生懸命勉強して大学では建築学科に入って、今はこうして建築の仕事をしているんだよ」と言える方が、自分の人生の説明としてすごくスムーズだと思ったんです。

木村

私は1999年に新卒で入社後、北関東支社のマンション販売部門や建築監理部を経験しました。その後、結婚して産休・育休を経て本社の建築統括部で1年半経ったころ事業再生ADRになり、そのタイミングで退社しました。子どもを保育園に預けている関係で3ヶ月以内に再就職しないといけない事情もあって、「残業なし」「建築の仕事ができる」という条件で同業他社に転職しました。

転職して6年が経ち、異なる社風にも慣れ居心地の良さを感じはじめていた頃、「小学校から帰って来て家に誰もいないことが寂しい」という子どもの声を尊重し、退社することにしたという木村。

木村

専業主婦を半年ぐらいはやっていたんですけど、時間があったのでCAD(Computer Aided Design)の練習を兼ねてコンペに参加しようとしていたら、「猫の手も借りたい設計事務所さんがある」と紹介されてごく短時間のパート勤務をはじめました。そのうち子どもも大きくなって「家に誰もいないのは寂しい」なんて言わなくなり(笑)、正社員になりました。

設計の仕事は想像以上に体力が必要で、この先の人生と働き方を考えていた時期に、元の同僚から「コスモスイニシアに戻ってこないか」と声をかけられたといいます。

木村

15年も離れていたし、今さら戻るなんて、と思っていました。でも、再入社されていた操野さんをはじめとし、いろいろな方のお話を聞くうちに「元々嫌で辞めたわけじゃないし、やっぱりいい会社だよな」と思い直して再入社を決めました。

小林

私は2004年に入社して北関東支社のマンション販売部門に配属されました。1年目で総戸数868戸の大規模マンション『リボンシティレジデンス』に携わり、営業の仕事を2年弱学んでから本社の建築に異動しました。

その後、事業再生ADRがあり、建築の統括に在籍しつつ、再び北関東支社で販売を担当したあと、新設された商品企画課に配属されたという小林。

小林

事業再生ADRの余波で事業用地仕入れも再開していなかったので、まだ何もやることが無く…結婚して他県に移住する予定があったので、当時希望退職者を募っていたこともあって退職を選びました。

転職先では再生不動産の商品企画を担当し、その後、妊娠を機に退職した小林は、育休という限られた時間の中で戻る場所があって過ごす1年と、“この生活がずっと続く”と感じて先が見えない1年はやっぱり違うなと感じていたそうです。

小林

そんな時に、「子育てをしながら無理のない範囲で、一級建築士の資格を活かして働いてみないか」とコスモスイニシアの方から電話をいただいて。二つ返事で「行きます!」と答えて、2日で保育園も決めました(笑)

一度辞めたからこそわかる、コスモスイニシア建築部門の「強み」と「こだわり」

「働き方や業務内容の選択肢が増え、戦略的な思考が求められるようになった」「昔はベテランばかりだったけれど、今は新卒も毎年配属され、フレッシュなエネルギーに満ちている」 再入社後、そんな環境の変化を感じているという3人が語る、コスモスイニシア建築部門の「強み」と「こだわり」とは。

操野

社内に一級建築士事務所があるということ。仕事に対する意識や熱量も違いますし、専門的なことを組織立って推進できるのは建築の資格を持っている身として充足している環境だと思いますね。 あとは、理屈も必要だけれど、まず“想い”を重視してくれて、自分が良いと思える挑戦を許してくれる。“専門職という職人のような立ち位置”と“企画開発のようなプロデューサー的立ち位置”の間という、ちょうどいいバランスもありますよね。

小林

そうですね、コスモスイニシアの建築部門では、真面目に面白がって、とことん考え抜くことができるからこそ、「自分らしくどうやるか」「自分が携わったことでこれができた」という達成感・満足感が得られるのだと感じています。

木村

以前よりも扱うアセットが増え、難易度が上がっていますが、変わらずお客さまや関わる方々の立場に立って考えることが当たり前になっていて、普通の感覚を大事にしているなと感じます。実直で真摯、真面目。加えて、前向きで、新しいことへのチャレンジも常に考えていて…やっぱりいいなあと思います。

これからの建築業界で果たしたいこと

木村

他社と同じようなものを作るのではなく、一歩先の提案を続けたい。ヒット作を生み出し、業界を元気にする役割を担いたいです。

操野

“コスモスイニシアには建築のことを心底考える人がいるからできる”と言われるような商品を出せる体制をつくっていきたいですね。

小林

当社らしい、エッジのきいた商品を生み出したいです!

再入社という選択をした3人の言葉からは、 “建築”という仕事への誇りと、人を大切にする風土と挑戦を応援する空気を感じて働いていることが伝わってきました。これからもコスモスイニシア建築部門は、一人ひとりの想いと挑戦を大切に、新しい価値を生み出し続けていきます。

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