不動産市況

20230727vol. 45

「需要の拡大、価格も上昇」の時代が終わり、新しいステージに

 第2次安倍政権が誕生してからの約10年間、住宅・不動産全体の市場は大活況を呈してきた。地価は90年バブル期の記録を更新する地点もあり、新築マンションを見ても、大都市だけでなく地方圏でも億ションが供給されるようになった。
 この背景には、言うまでもなく、超低金利と異次元の金融緩和政策があり、不動産全体の需要を喚起・拡大させ、価格の高騰を生じさせた。
 その結果、不動産業界からは「資金繰り」という言葉を消失させた。金融機関の貸付額は史上空前の水準に達した(図表①)。
 しかし、ここに来て、市況の変化が鮮明になってきた。

(図表①)

① 住宅市場では、在庫の増加が顕著に
 コロナ禍で働き方・暮らし方が変化、住宅への関心が高まり、住宅特需が生まれ、需要が急拡大、品不足の状態が続いてきた。しかし、価格の急激な上昇により顧客の購買力を超える水準になってしまい、売れ残りが増加、市場に多くの完成在庫が滞留している(図表②)。今春には、期末決算に向けた分譲業者の在庫処分が少なくなかった。

(図表➁)

 また、流通戸建て(中古)・中古マンションの在庫も、増加傾向が続いている(図表③)。

(図表③)

在庫の増加が著しいのは、高価格帯の物件に目立つが、高額でも立地や眺望などに希少性のあるものは人気で、品不足となっている。売れるものと、売れないものとに、売れ行きの二極化が鮮明になっている。昨年までの、供給すれば売れていく、という構図は無くなっている。

② オフィス・店舗市場は、デジタル化で激変
 米国におけるオフィス賃貸市場の悪化が続いている、との報道が多くなっている。米国の大都市でのオフィス空室率は、15~20%超になっていて、オフィスビルのオーナーは苦境に立たされているとも言われている。
 この要因は、テレワークによる働き方が普及・定着していることにあると指摘されている。コロナ禍が落ち着いてきても、元には戻っていない。テレワークによる働き方は、今後も常態化していくものと思われる。
 さて、我が国の賃貸オフィス市場を見ると、米国ほどではないが、コロナ禍を契機として空室率は上昇し、現在でも回復の兆しは感じられない(図表④)。

(図表④)

むしろ、金融緩和を追い風にして供給が活発化し、需給関係を一段と悪化させている。最近では、空室期間が長期化していることもあって、フリーレント12ヶ月、条件の悪いものでは24ヶ月という例も出ている。以前のリーマンショック直後の市況を思い出させる状況になっている。
 この背景には、米国同様、デジタル社会が定着してきたことがある。特に、大企業のテレワークによる働き方が常態化していることが大きい。需給悪化によって、都心でも賃料は弱含みに推移している。賃貸店舗についても、ネット販売の拡大が続き、テナントの退去、賃料の低下が見られる。
 オフィス・店舗共に、デジタル社会の進展で、市場全体の需要縮小が続いている。

③需要の拡大が続いた物流施設にも変化
 デジタル社会が進行し、追い風を受けて伸びが著しかった物流施設の需要にも、変化の兆しが見られるようになってきた(図表⑤)。

(図表⑤)

 社会全体のデジタル化は、物流を活発化させ、倉庫・配送センター等の需要を拡大させることになった。これまで、需要拡大に呼応して、物流施設の供給が続いてきたが、首都圏では、既に、供給不足から供給過多へと転じ始めている。急激な大量供給がもたらした当然の帰結と言える。

 では、今後についてはどうなるのか?

❶住宅・オフィス・店舗・収益物件等、全般に亘って、これまでの品不足から需給緩和の方向に向かうことが想定される
 希少性のある一部の不動産を除いては、「価格調整」の局面に入る。今後、年末に向けて「売り手市場」から「買い手市場」に変化していく可能性が高くなる。
❷不動産の「質」が問われる時になる
 ここまで、売れ筋の幅が大きく、多くのものが売れる時代であったが、これから先は、売れるものと売れないものとが厳しく選別されることになる。物件の価格差の拡大は必至と思われる。
❸投資・節税目的の取得意欲は続く
 コロナ禍とインフレの加速で、所得・資産の格差が一段と進行している(図表⑥)。

(図表⑥)

 富裕層や好況企業の余裕資金の行き先は、株式市場と不動産市場に向かう構図は、今後も続くことが容易に想定される。
 特に、彼らにとっては、収益の確保だけではなく、近年は、節税効果が期待できる不動産に対する期待が、ますます大きくなっている。
 資産価値の高い都心部の不動産は、利回りが低くても優良物件であれば、高額でも購入される傾向にある。最近の投資家の多くは「買い増し」の人であり、既に複数の不動産を所有するコレクター的な購入をする人も珍しくなくなっている。

 最後に、これからの最大の変化・リスク要因は、日銀の金融政策の変更である。既に、利上げ・金融引き締めで先行している欧米では、不動産市況が鈍化し、価格調整が鮮明になっている。
 金利の引き上げ、金融の引き締めの局面は、資金的に余裕がある投資家にとっては、競争する相手の減少を意味するだけに、チャンスとなることは言うまでもない。
 この数年間、市場に出回ってこなかった優良物件を取得できる確率が高まる時代となるからである。

不動産市況アナリスト 幸田昌則氏
ネットワーク88主宰。不動産業の事業戦略アドバイスのほか、資産家を対象とした講演を
全国で多数行う。市況予測の確かさに定評がある。

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