不動産市況

20211015vol. 38

景気の二極化が「売りを促進」し、市場を活性化させる

 日本でも、ワクチン接種率が欧米に追い付き、年末までには希望者には、ほぼ行き渡ることになる。また、9月以降、新型コロナ感染者数の減少傾向が鮮明になっていることから、緊急事態宣言が解除され、経済活動が本格化し始める新しい段階に入ってきた。
 しかし、2年近く続いたコロナ禍で、日本の社会と経済は大きな影響を受けた。最も顕著なのは、様々な二極化現象が、一段と進行したことであろう。
 ただ、二極化・格差の多くは、社会問題として好ましくないと指摘されているが、ことの是非は別として、不動産市場を活性化させていることは事実である。
 ここでは、日本経済における各種の二極化の実態と、不動産市場への影響について解説をしたい。

企業や産業分野によるコロナ禍の影響に、差異が生まれた

(図表①)




(図表②)




 図表①は、大企業と中小企業の業況判断を見たものである。コロナ禍の影響は、産業分野にもよるが、概して中小企業において、大きくなっている。図表②は、中小企業が金融機関から借り入れた時の貸付(融資)条件の変更を申し込んだ件数だが、月を追うごとに増加していて、資金繰りが厳しくなっていることを示している。
 こうしたことを反映して、不動産市場では、中小企業による不動産売却が増加している。一方、好調な企業では、業績拡大で工場や本社・倉庫等の用地取得が活発で、品不足となっている。
 先般、上場企業の配当金が、2022年3月期では12.3兆円の見通しとなり、過去最高との報道があったが、コロナ禍で潜在的な格差拡大が顕在化し、産業分野による企業業績の二極化も進行している。JTBやHISといった旅行事業者が、業績低迷から本社ビルを売却して、資金確保に走っている一方、好立地のビルは購入希望者も多く、成約している。
 収益不動産でいえば、融資状況が厳しくなっていることで、手元の資金に余裕のある人(企業)や金融機関からの資金調達ができる人(企業)は、立地条件の良いものを購入する姿勢を強めていて、「買い増し」をしている。

雇用形態による給与所得の差異が鮮明に

(図表③)




 コロナ禍で業績が悪化した企業では、社員の解雇や希望退職を募る例が続いている。中には、現段階では黒字であっても、将来を考えて、希望退職を募る大企業も出ている。
 しかし、注目すべきことは、雇用形態によって対応に大きな差異があることで、非正規社員の解雇が急増している(図表③)。また、正規社員であっても、テレワークの普及・定着によって、残業代が急減している。現在では、夫婦共稼ぎが多く、2人の残業代が共に少なくなることで、住宅ローンの返済が困難になる事例も増えている。また、コロナ禍と経済的な問題で、若年層の離婚も少なくない。
 このような雇用状況、世帯所得の低下、あるいは離婚を契機に、住宅市場では自宅を手放す人が目立ってきた。
 今はまだ、コロナ禍による住宅特需によって品不足感の強い状況にあるが、今後、住宅の売却数が増加することは必至と言える。
 更に、人口減少による空き家の増加、高齢者の住み替え時の自宅売却、という構造的な要因も加わり、住宅の売却が多くなっていくことは確実と言える。
 景気の二極化が企業と個人、それぞれに大きな影響を及ぼし、その立ち位置によって明暗が分かれているが、そのことが、市場に多くの住宅・不動産の売り物件(商品)を提供していくことになり、底堅い市況が想定される。

2021年「都道府県地価調査」が発表された

(図表④)




 次に、今後の地価動向について解説をしてみたい。9月に国土交通省から基準地価が発表されたが、安倍政権誕生後から続いていた上昇傾向に、明確な転換期が訪れていることが検証された。
 全国の全用途平均は、2年連続で下落した。特に、コロナ禍と景気悪化による影響で、大都市の商業地価では、半分以上の地点で下落した(図表④)。
 ただし、地域や地点によって差異があり、現在でも高値圏で維持されているところは少なくない。そして、そこには共通した条件がある。大都市中心部の超一等地で希少価値が極めて高いため、市場への供給が少なく、需給が逼迫していることに加えて、富裕層と企業の取得意欲が旺盛なエリアであることが挙げられる。
 次に、住宅地でも全国平均では下落に転じているが、東京圏では、テレワークによる働き方が普及することで、都心から1時間以内の郊外への住み替え需要が生まれ、東京周辺部の住宅地価の上昇が見られた。
 しかし、足元の雇用や給与所得から見ると、継続的な上昇には、早晩、限界が訪れることになる。現在でも、住宅購入時には駅近や中心部を希望する人は多いことから、コロナ特需の終わりと共に、今後、郊外の住宅地も下落に向かうことになる。
 さて、長引くコロナ禍でも、住宅・不動産市況は活発化してきたが、この要因は、言うまでもなく超低金利と大幅な金融緩和に加えて、富裕層と企業の投資意欲が衰えていないことにある。金融状況については、中国不動産大手の恒大集団の行方に、日本の金融機関でも関心を高めているが、仮に大きな不安の渦が拡がると、これを契機に不動産取引への警戒感が高まることに留意したい。ただ、キャッシュリッチの人(会社)にとっては、企業や個人からの不動産・住宅の売却が増えてくることから、価格を含めて、買いの好機となる。

基準地価から推測されることは、

  1. 地価は、地域・地点・種別によって差異はあるものの、ピークアウトしつつある。
  2. 地価の調整は、東京から始まり、地方へと波及していく。商業地から住宅地へと向かい、従来型とは異なる形の地価の連鎖になる可能性が高い。
  3. 地域・地点等の個別の条件で、地価の格差は更に拡大傾向が強まっていく。

不動産を巡る今後の環境

 企業業績の二極化と個人所得の低下傾向は、当面、続くことから、各種の不動産の売却が増加する一方で、富裕層や法人を中心に買い手も多く、取引環境は底堅く推移していくものと予想される。
 これまで、不況期には換金処分が増えるだけで、買い手が少なく、価格が下落していく構図が普通であったが、現在のコロナ禍では売りも買いも多く、例えば、希少価値の高い都心一等地での成約価格は、高値圏で推移するという現象も生んでいる。それだけに、売却するタイミングとしては、今の時期は悪くないと言える。
 コロナ禍と超低金利という未経験の事業環境は、奇しくも、市場に多くの物件を供給する一方で、購入希望者も増加させることになった。格差社会ならではの新しい現象とも言える。
 長引くコロナ禍は、不動産市場に追い風を送ってきたが、今後、この動きを変えるのは、「金融」と「国民の心理」という、2つの変化が生まれた時だと考えている。


不動産市況アナリスト 幸田昌則氏
ネットワーク88主宰。不動産業の事業戦略アドバイスのほか、資産家を対象とした講演を全国で多数行う。市況予測の確かさに定評がある。

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