不動産市況

20230510vol. 44

不動産市況への影響を強めるインフレの進行〜 日銀の金融政策に十分な注意を 〜

年明け後も、インフレの進行は止まらないどころか、一段と広範囲に加速している。新年度が始まったばかりだが、各種の原材料・人件費の高騰もあって、今秋に向け、更なる値上げを発表している企業もある。新規住宅の供給をするハウスメーカーやデベロッパーも、資材高騰で難局を迎えている。一方、買い手である顧客も、急速な物価上昇やエネルギー価格の高騰により、少々の賃上げでは実質所得はマイナスで、住宅等の購買力は低下している。今年の春先に聞いた話だが、札幌市内のオール電化・床暖房付きのマンションに住む人の電気代が、昨年12月と今年1月、共に10万円となったという。月々の住宅ローンの支払額にも匹敵する水準で、家計を圧迫している。寒冷地でのオール電化のマンションは敬遠されて、人気がないとのことであった。インフレの進行は、住宅・不動産全体は当然のこととして、顧客心理にも大きな影響を与えるようになってきている。さて、この4月、10年間の長期に亘る任期を終えた日銀の黒田総裁が交代し、植田新総裁が誕生した。住宅・不動産全体の市況は、金融政策によって大きく変化することは言うまでもない。既に、欧米では急激なインフレを阻止するために、急ピッチ、かつ大幅な金利の引き上げが行われた結果、住宅の取引件数減少と価格の下落現象を生んだ。日銀の新総裁の発言を読み解くと、直ぐには大きな政策転換はない(出来ない)ものの、現在の状況が「異常な状態」との認識を抱いているだけに、注意を払っておく必要がある。今後の日本の不動産市況については、前半はインフレ進行による影響を受けるものと考えられる。後半については、日銀の政策による影響を少しずつではあるが、敏感に反映することも想定されることから、この視点で不動産市況の予測をしてみたい。

まず、本題に入る前に、既に発表された今年の「地価公示」について、解説・論評をしておきたい。

今回発表されたものは、1月1日時点のものであるが、実際は昨年のデータであることを確認しておきたい。年初からの地価動向は、既にピークを打ち、現実の取引においては、立地等に「希少価値」があるものを除いては、調整されている(図表①)

(図表①)

 

取引現場では、買い手からの指値が通るようになっている。従来までの売り手市場から、一部では買い手市場に移行している。今年の地価公示に見られた点を列挙してみると(図表②③④)

(図表②)

(図表③)

(図表④)

 

❶全国・全用途は2年連続で上昇したが、地域・地点による格差は拡大している。

❷大都市中心部は上昇、郊外は下落が目立つ。ただし、東京周辺部の住宅地価は上昇。

❸地方中核都市である札幌・仙台・広島・福岡市の上昇幅は拡大した。

❹物流施設・工場用地の需要が高まり、工業地価の上昇が目立った。

地価公示で上昇した住宅地に関する要因の多くは、建売事業者などのデベロッパーと、買取再販業者等の不動産業界による土地の高値買いの結果であり、エンドの顧客によるものではない。今後も同様の動き(上昇)が続いていく可能性は低い。さて、本題について解説をしてみたい。先ず、インフレの進行が著しい日本の不動産市況について列挙してみると、

①低・中所得者層は、諸物価の値上がりで家計が厳しくなり、住宅ローンや家賃の支払いに窮する人が増加している。

購買力が低下したことで、住宅取得が難しく、計画を見送る例も多くなっている。その結果、コロナ特需で減り続けてきた住宅の在庫は、需要の一巡も加わり、増加傾向に転じている(図表⑤)。

(図表⑤)

 

②インフレは、所得・資産の格差拡大を生んでいる。また、希少価値を求める動きが、より一層、活発になっている。

富裕層へのインフレの影響は僅かであり、富める人は、ますます富を積み上げて、その余裕資金の多くが不動産投資にも向けられている。節税目的の購入も多く、利回りよりも立地・眺望等に希少性のある高額物件を物色している。その結果、限られた都心物件の売れ行きは早い。

③インフレもあって建築コストが高騰し、デベロッパーや買い取り業者の利益確保が難しくなっている。

用地の高騰に加えて、資材の値上がり、更には人件費も上昇し、新規住宅の供給が困難になると同時に、事業全体のコストアップで、利益の低下が目立ってきている。
また、建築コストの高騰は、賃貸アパートの事業計画を断念したり、先延ばししたりする事態を招いている。
このように、インフレの進行による影響は、不動産市場に広く及んでいる。
次に、不動産市場の行方に深く関わる金融動向について考えてみたい。
黒田日銀総裁下での10年間の異次元の金融緩和の恩恵を、最も享受したのは、言うまでもなく不動産市場である。特に、超々低金利の効果は大であった。この10年間で需要は拡大、土地・住宅など全体的に価格を急騰させることになったが、経済全体を見ると、長期の金融緩和政策によって歪みも多く出ているとの専門家の指摘は少なくない。新総裁も同様の認識だと思われるが、これまでの金融政策を変える方法とタイミングについては、現時点ではわからず、今後を見守るしかない。

ただ、繰り返しになるが、金利と不動産価格についての関係で言えば、金利の上昇は不動産価格の低下につながることになる。また、金融の引き締めは、住宅・不動産全体の需要を縮小させる。何れにせよ、従来路線が大きく変更されれば、不動産市場にとっては向かい風となる。
一方、これまでの路線を引き継ぐことになれば、不動産市況は減速しつつも底堅い動きが、当分の間、続くものと思われる。

最後に、今後の市況動向に大きな影響を与えるのは、インフレの進行が端緒となる金利の引き上げである。ここまでの「金利のない時代」から、「金利のある時代」に移行することになれば、不動産市場は縮小を余儀なくされる。
金融機関の融資姿勢には、これから先、一段の注意を要する時代となった。

不動産市況アナリスト 幸田昌則氏
ネットワーク88主宰。不動産業の事業戦略アドバイスのほか、資産家を対象とした講演を
全国で多数行う。市況予測の確かさに定評がある。

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不動産市況

20230120vol. 43

2023年度税制改正大綱を踏まえた今年の税制の動向

昨年12月16日、与党から2023年度税制改正大綱が公表されました。今年の税制改正は今後の相続税課税の方向性を大きく示すものとなり、益々事前対策の必要性が問われる内容のものとなりました。また、不動産を売却した時など、大きな利益が発生した方(大綱では「極めて高い水準の所得」と表現)には、通常の所得税に上乗せして税金が課される仕組みも発表されています。今回は不動産を所有されている方に大きな影響のある、これら相続税・贈与税の改正と、所得税の上乗せ課税についてお話したいと思います。

相続開始前に贈与があった場合の相続税への加算期間の延長

現在の相続税法では、亡くなる直前の駆け込み贈与による相続税逃れを規制するため、相続開始前3年以内に相続人へ財産を贈与した場合には、その金額に限らず(たとえ年間の贈与金額が110万円以下の贈与税の非課税枠の範囲内であっても)、その3年間の贈与金額の合計額を相続財産に加算し、相続税を計算する仕組みとなっています。

 

これが、今回の大綱では、7年以内の相続人への贈与が相続財産への加算対象となります。ただし、延長した4年間(相続開始前3年超7年以内)に受けた贈与については、合計100万円までは相続財産に加算しないとされています。

この改正は令和6年1月1日以後に贈与により取得する財産に係る相続税について適用される予定です。

【実際の適用スケジュール】

・2026年(令和8年)12月末までの相続 → 加算期間3年

・2027年(令和9年)1月から2030年(令和12年)12月末 → 加算期間3年超~7年未満

・2031年(令和13年)1月からの相続 → 加算期間7年

 

【対策】

・相続人でない孫などへの贈与は引き続き相続開始前3年以内、今後の7年以内の相続財産への加算対象ではないため、1代飛ばした贈与を計画的に実行する。ただし、孫受け取りの生命保険や遺言による遺贈を受ける財産がある孫の場合には、加算対象となるため注意が必要です。

・令和5年中の贈与までが、相続開始のタイミングに関係なく、今まで通りの贈与が実行できる期限であるため、複数の相続人へ贈与税の非課税110万円に限らず、相続税の税率より低い贈与税率の範囲内で贈与を実行する。

・改正後の新しい「相続時精算課税制度」を活用し、計画的な贈与を実行する(以下「相続時精算課税制度の見直し」参照)

 

 

相続時精算課税制度の見直し

(1)現行の相続時精算課税制度

改正点を説明する前に、相続時精算課税制度について触れておきましょう。

相続時精算課税制度とは、60歳以上の父母または祖父母などから、18歳以上の子または孫などに対し、財産を贈与した場合に選択できる贈与税の制度です。この制度は贈与者ごとに選択することができます。(例えば祖父からの贈与は通常の暦年贈与を適用し・父からの贈与は精算課税制度を選択するなど) ただし、一旦精算課税制度を選択した場合には、その贈与者については通常の暦年贈与に戻ることはできない(父からの贈与に精算課税制度を選択した場合には、その後、父からの贈与は精算課税制度による贈与を選択し続ける必要があります)ため、慎重な判断が必要となり、あまり利用されてきませんでした。

加えてこの制度は、2,500万円という大きな贈与税非課税枠が設けられていますが、贈与者に相続が発生した場合には制度を選択した以後の贈与はすべて相続財産に加算し、相続税を計算する必要があるため、根本的な相続税対策にもならない点なども利用があまりされない理由となっていました。

 

そのため、相続時精算課税制度を利用し、メリットがある方は以下のような要件に該当する方に限定されていました。

 

【現行の相続時精算課税制度を利用してメリットがある方】

・相続財産が基礎控除以下で相続税が課税されないため、2,500万円の非課税枠を利用し早めに後継者に財産を移転したい方

・相続税は課税されるが、収益性の高い建物など生前に後継者に移転し、建物からの収益を後継者に移転し早めの所得対策を図りたい方

・相続時精算課税制度は贈与時の評価額(贈与時の財産評価基本通達による評価。土地であれば贈与年度の路線価による評価)が、その後発生した相続税の発生年度の財産評価額とみなされるため、確実に値上がりが予測される高収益企業の株式や値上がりが確実視される特定の不動産など、贈与時の価額で評価額が確定できる財産を所有されている方

 

(2)税制改正大綱による相続時精算課税制度

この利用される方が限定されていた相続時精算課税制度も、大綱では以下の大きな改正点が設けられ、多くの方に利用しやすい制度に生まれ変わる事が予定されています。

 

今まで年間110万円以下の贈与を実行されていた方でも、相続開始前3年以内の贈与は相続財産に戻されて計算されていましたが、大綱による相続時精算課税制度を選択し、毎年110万円の贈与を実行すれば、相続開始前3年以内や7年以内に関係なく、相続財産に加算する必要がなくなることになります。これは朗報ですね!

長い期間をかけて、毎年110万円の贈与を実行すれば、贈与税も相続税加算もされることなく、財産の移転が可能となるわけです。

まだ制度の詳細は分かりませんが、税務署も通常の暦年贈与と区別して判断する必要があるため、この制度を利用するにあたり何らかの届出が必要になると思われます。

【留意点】

通常の暦年贈与の基礎控除と精算課税制度の基礎控除は別枠となるため、例えば、父からの贈与では精算課税制度を選択し110万円の基礎控除内で贈与、母からの贈与は通常の暦年贈与を利用し暦年贈与の110万円の基礎控除を利用すれば、年間220万円の非課税での贈与が実行可能となります。ただし、母の相続時には3年以内から7年以内の相続財産の加算が適用されます。

 

以上の通り、相続税・贈与税は数年前から言われている一体課税の観点から、7年以内贈与の相続財産への加算として相続税の課税強化が図られましたが、一方で経済活性化の観点から、高齢者から若い世代への早期の資金移転を重視し、贈与の実行も奨励する相続時精算課税制度の改正が行われた形となります。

 

 

極めて高い水準にある高所得者層に対する負担の適正化

日本の所得税の制度は累進税率を適用し、給与や事業に係る所得は最高45%の税率で課税を行っている一方、株式の譲渡や土地建物の譲渡については、例え利益が何億円でようとも分離課税で15%程度の税金で済んでおり、高所得者層ほど税負担率が低くなるという、逆転現象が生じているのが現状と言われています。

これら課税負担の適正化を図るとの趣旨で、以下の改正が行われます。

 

【改正後の所得税の計算】

  • 基準所得税額
  • (基準所得金額 - 特別控除額(3.3億円)×22.5%
  •  ②が①を上回る場合に限り、差額分を納税する

 

 

現段階では、基準所得税額や基準所得金額の詳細な定義が不明確なため、詳細な計算による説明は次回以降となりますが、大枠の考え方としては、3億3,000万円を超える利益が発生した場合には、22.5%の所得税は課税しますよ。との考え方になりそうです。

土地建物を売却した際の所得税は、いままでは長期譲渡に該当すれば利益に15%の課税で済んでいたものが22.5%になるので、7.5%は譲渡所得税が増える形となります。

 

この制度は2025年(令和7年)以降の所得税より適用されます。

不動産を売却するタイミングの判断も益々難しくなりそうです。

 

税理士 西村敦正氏
株式会社BAMC associates代表税理士。相続・事業承継を中心とする資産税が専門。
1000件を超える相続コンサルティング実績を持つ。区画整理や不動産活用・開発に伴う案件に精通している。

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不動産市況

20230120vol. 43

2023年の不動産市場展望

2022年は、コロナ禍に加え、ロシアによるウクライナ侵攻という想定外の海外要因によって、世界全体が様々な影響を受けた。グローバル経済下にある日本でも、企業、そして個人も大きな打撃を受けることになった。企業の生産・物流が停滞し、インフレの進行が著しく、欧米等の政策金利は急ピッチで大幅な引き上げが行われた。

(図表①)


その影響もあり、国内では10月には1ドル151円を記録するなど、30年ぶりの「円安」となったことで、国内のインフレが加速した。電気やガス料金、食料品などの生活必需品の値上がりは激しくなっている(図表①)。今春には、更なる値上げも確実視されている。

そうしたタイミングで、日銀は12月に実質的な利上げを発表した。

今回のインフレ、そして日銀の政策転換は、当然のことながら、今後の不動産市況に大きな、そして心理的な影響を与えることは必至だと考えられる。建築コストや人件費の高騰だけではなく、国民の実質所得の低下は、住宅購買力を弱めると同時に、将来の生活不安から「購入を控える」、「先送りする」姿勢が強まることが懸念される。

何れにせよ、これまでの不動産を取り巻く追い風の環境が、逆風に変わる可能性を否定できない年だと言える。

足元の市況動向と2023年の予測について解説してみたい。

インフレは、格差の拡大に拍車をかける

長期化しているコロナ禍で、個人も企業も影響を受けているが、立場や産業分野によって明暗が分かれている。そこに、新たなインフレという現象が加わり、明暗が更に分かれるという社会・経済構造の変化が生まれた。インフレは、元来、低・中所得者層にとって影響が大きく、家計を圧迫するものと言われている。その結果、個人では「富める人は、ますます富み」、一方で「貧しき人は、さらに貧しく」という社会が一段と加速している。

(図表②)


(図表③)


最近の諸物価の値上がり幅は、従来にはない、大きなものとなっている。多少の賃上げがあっても実質所得はマイナスになってしまう。統計では既に、半年以上もマイナスの状態が続いている。この影響は、昨秋からの住宅市場にも及び始めている。図表②③は、首都圏の中古マンション・流通戸建て(中古)の成約件数の推移を示したものであるが、共に、減少傾向が鮮明となっている。これまで超低金利下で拡大し続けた住宅市場に停滞感が出ている。

新築マンション・新築戸建ての市場在庫を見ても、販売が長期化している事例が目立ってきている。これまで住宅需要を牽引してきた若年層の購買意欲に変化が出ていることは確かであろう。ただ、住宅価格の高騰が著しく、手が届かなくなっていることも成約件数減少の要因になっていることも事実である。

(図表④)


一方、インフレは富裕層には影響が少なく、むしろ、長引くコロナ禍で手元現金が積み上がっているものと推測される。最近では、この現象は「強制貯金」と表現されているが、コロナ禍での外出自粛によって、本来は出費される資金が、利用出来ずに手元に貯まっているという。そうしたこともあり、富裕層や好況企業の余裕資金は、依然として不動産市場に流入している(図表④)。

不動産への関心が衰えない背景には、超低金利下での家賃の安定した収益に加え、最近ではインフレの進行で現金の価値が低下していくことを懸念し、実物資金である不動産取得を資産運用の選択肢に加えるケースも増えている。

昨年末の金融政策の実質的な転換は、金利上昇のレベルとしては大きなものではないが、転換点であることを感じさせたという点においては、心理的な影響が出てきそうだ。そのため、物件の選別眼は一段と厳しくなり、低利回り・高額・希少価値のない不動産については、厳しさが増すのではないかと考えている。

今後、「富裕層は価値で買い、低所得者層は価格を重視して購入する」姿勢が強まっていくものと考えられる。

2023年は転換期。価格調整が進む

昨秋から年末にかけて、市場での在庫増加傾向が鮮明になっていると説明してきたが、詳細にみると、住宅市場では新築・中古を問わず、売れる物件と売れない物件とに二分化し、滞留している。

また、投資物件についても同様であるが、数億円以上の価格帯の物件在庫が急増している。従来までは、水面下で直ぐに成約していたが、最近では、広告しても売れなくなっているものが多い。

また、金融緩和の追い風を受け、ここ数年は中古物件の再販事業者が増加してきたが、高値での買い取りの結果、再販物件が売れ残ってしまい、資金繰りの面からの値下げも出ている。

土地についても、事業用地の高騰が続いているが、建築コストの上昇で高値での取得では採算が合わなくなっている。建築コストの高騰は、地価の押し下げ圧力となるものと考えられる。

何れにせよ、今後は、在庫・顧客の購買力・不動産の収益力などの全般に亘って、価格調整の動きが強まることが予想される。もちろん、個別物件による価格の格差は拡大していくことになる。

金融政策の変化は、市況を変える

欧米を先頭に、インフレ阻止のための政策金利の大幅な引き上げが、急ピッチで実行された。その結果、米国では住宅ローン金利が7%台にまで上昇し、住宅市況は悪化、価格調整が始まっている。昔から、低金利時代には、不動産価格は高くなり、高金利は価格を押し下げると言われてきたが、自然の理である。

さて、ようやく日銀が政策転換をしたが、それでもまだ、低金利の状態であり、住宅ローン、とくに変動金利での借り入れには今のところ影響はなく、住宅・不動産市況全体は下支えされている。この状況に変化が来るのかどうかは予測できないが、仮に金利の大幅な引き上げが行われれば、市況にも本格的な影響が出てくることになる。

また、現在の金利水準で推移したとしても、最近の金融機関の融資姿勢を見ると、不動産に対する警戒心が強まっているので注意しておきたい。金利の引き上げ、担保評価の引き下げ、減額融資など、様々な形で引き締めが始まっていることを肌で感じる。金融面からも、不動産価格の押し下げ要因が強まってきている。

 

最後に、2023年は需要も価格も弱まることが予想されるが、市場在庫の増加や価格のピークアウトは、買いの選択が拡がることを意味する。3月の年度末を睨んでの値下げ処分の不動産も出始めている。とはいえ、不動産も、質が求められる時代となる。量よりも質が重要となるので留意しておきたい。

そのためには、価値の高い不動産を選択できる目利きの力が、今まで以上に必要となる。

不動産市況アナリスト 幸田昌則氏
ネットワーク88主宰。不動産業の事業戦略アドバイスのほか、資産家を対象とした講演を
全国で多数行う。市況予測の確かさに定評がある。

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不動産市況

20221024vol. 42

不動産オーナーのインボイス制度への対応について

そろそろ”インボイス”という言葉を周囲で聞く機会が増えてきた頃ではないでしょうか。一昨年、本コラムで取り上げましたが、令和5年10月からの制度施行まで一年を切ったところです。そこで、取り上げた後に定まった制度も含めて紹介しながら、どの様に対応すべきか考えるきっかけにしていただければと思います。

インボイス制度とは

”インボイス”とは、取引の売手が買手に対して消費税の税額,税率等を正確に伝えるための手段です。「手段」としているのは、請求書により伝達することが多いと思いますが、請求書と納品書を一セットとして伝えること等も可能になっているためです。又、紙で行うことが必須ではなく電子的な情報での伝達も可能で、現在適用が猶予されている電子帳簿保存法改正と合わせて、電子化が望まれているところでもあります。

実務的には、制度の施行によりインボイスに下記通りの記載が求められるわけですが、現在との一番の相違点は「①登録番号」を入れる必要があるところです。



(国税庁HPより)

 

この登録番号を取得するには課税事業者になる必要があるわけですが、その結果として免税事業者の場合には免税のメリットを放棄することにつながるため、問題になっているわけです。

 

課税取引に求められる対照性

インボイス制度施行前の現時点では、ある取引の買手が課税事業者であるのに対して売手は免税事業者の場合であっても、売手・買手各々の立場で取引を経理すれば問題ありません。例えば下記の場合、卸売業者は課税事業者として経理して消費税を500円納めますが、製造業者は免税事業者のため、消費税分500円を預かったまま納税せず内部留保することができます。売手・買手の間の取引に、消費税の処理上、非対称性が認められており、ここに”益税”が発生していたわけです。



 

しかし、今後は売手が免税事業者の場合には、買手が課税事業者であっても課税取引として処理することはできなくなります。インボイスを受け取れないからです。そこで、消費税が課される売上高が1千万円を超えない免税事業者は本来消費税の納税義務はありませんが、インボイスを発行できる様、あえて課税事業者に転換することにより取引の対称性が確保され、結果、益税は排除されようとしているわけです。

この点こそ、今回の制度導入の目的の一つであるわけですが、零細の免税事業者の中には益税の存在があって辛うじて事業が成り立っている場合もあります。課税の公平を図るためとはいえ、今回の新制度はこの様な事業者には事業継続の死活問題となりかねず、問題になっているわけです。

 

ケース別不動産オーナーが採るべき対応

不動産オーナーの場合、売上高の中でも、居住用不動産に係る賃料,土地の賃料は、課税されません。そこで、それ以外の事業用不動産に係る賃料が常時1千万円/年を超えない場合、どの様に対応すべきかが問題になります。

 

(1)消費税分の値下げを行う

先の事例であれば、免税事業者であることを維持し、5,000円しか受け取らないことにするものです。新制度施行後は、これまでテナントに5,000円の本体価格分の他に消費税分500円を支払ってもらっていましたが、今後は、その500円分は消費税を支払ったことにならなくなるため消費税分値下げするものです。

 

(2)課税事業者を選択して、インボイスを発行する

前項の場合、テナントが値下げを受け入れるのではなく、そもそも入居を避ける場合も出てくることが予想されます。ですから、免税事業者として消費税を納税しなくて済むメリットを捨ててでも敢えて課税事業者になることを選択して、インボイスを発行して、入居し続けてもらおうとするものです。

この場合、消費税の課税区分を加味した取引の記帳の手間をはじめとして、納税の実負担に至るまで様々なデメリットの発生が予想されます。

但し、消費税の計算は、売上の時に受け取る消費税から仕入の時に支払った消費税を控除して差額を納税する方法が原則ですが、消費税が課される売上高が5千万円までの課税事業者には、売上高のみを用い、仕入については事業毎に決められている割合だけ支払っているものとみなして簡便的に行う方法を選択できます。この簡易課税制度を選択することで、消費税に係る記帳,計算の手間を軽減させることができ、この結果”益税”も一部残すことができます。

 

(3)何もしない(様子見る)

更に、新制度施行に係る経過措置があり、最初の3年間は、仕入に際して支払う消費税相当額の80%、次の3年間は50%に限っては、売上の時に受け取る消費税から控除できることになっているため、周囲の対応の状況を見定めてから決断しようとするものです。

一旦⑴を選択して値下げした後に⑵を選択して値上げすることは受け入れされにくい場合も考えられるため、不動産業界の対応状況を確認した後でもよいと思います。

 

取引先に求めるべき対応

前項では、現状は免税事業者の場合の対応を検討してみたわけですが、既に課税事業者であっても、例えば不動産管理業務を個人の免税事業者の方に依頼している場合には注意が必要です。というのも、この様な場合に、単に自身の都合が良い様に相手方に課税事業者になることを相手方に強いると、下請けいじめにつながりかねません。ですから、この様な場合、

・既に課税事業者になったのであれば、「登録番号」を教えてもらう

・まだ課税事業者でなければ、いつ課税事業者の登録をする予定か教えてもらう

といった質問票を出して確認する等、慎重な対応が求められるところです。

 

以上、インボイスの概要から、起因する問題、対応について、ご案内してきました。制度開始からインボイスを発行できるようにするには、来年3月までに申請を終える必要がありますので、まだ対応を始められていない方,決めかねている方は、本稿をご参考に、検討を進めていただければと思います。

 

税理士 西村敦正氏
株式会社BAMC associates代表税理士。相続・事業承継を中心とする資産税が専門。1000件を超える相続コンサルティング実績を持つ。区画整理や不動産活用・開発に伴う案件に精通している。

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不動産市況

20221024vol. 42

「社会・経済の混迷」が個人と企業の不動産への関心を高めている

コロナ禍とウクライナ紛争の収束の見通しはつかないものの、経済活動の再開に向けた動きは活性化してきた。しかし、ここに来て、米国ドルが一気に140円台となるなど円安が加速し、日本でもデフレからインフレ経済に移行している。今秋からの各種の商品価格の値上がりは著しく、家計を圧迫し始めている。また、日本を除いた世界各国で、金融緩和・超低金利政策から、金融引き締め・金利の引き上げへと政策転換を急いでいる。ウクライナ紛争に端を発したインフレの進行を食い止めるための措置で、その結果、米国では住宅需要が減少し、価格の調整も始まっている。今後、住宅ローン破綻が増加していくことは避けられない。一方、日本の金融政策は現在でも変化はなく維持されたままで、不動産市場を下支えしている。不動産価格も依然として、大都市では高値圏で推移している。

(図表①)


 

(図表②)


特に、コロナ化による住宅特需で、住宅地の価格上昇が著しい(図表①)。しかし、異次元の金融緩和によって暴騰した3大都市圏の都心商業地価については、既にピークアウトをしている(図表②)。

これから年末にかけて、「為替の安定から円安へ」「デフレからインフレへ」「超低金利から金利上昇への圧力」など、これまでの社会・経済が大きく変化していくことが容易に想定され、これら一連の様々な変化は、住宅・不動産市況にも影響を及ぼしていくことになる。

しかし、この「不安定・混迷」は、超低金利・金融緩和政策が現在も維持されている唯一の国、日本では、自己防衛や所得拡大の手段として、不動産への強い関心を持つ動機にもなっている。この動きは、個人だけでなく企業にも拡大している。この動きがどこまで続くのか、検証をしてみる。

 

コロナ禍で、働き方・暮らし方が変化してしまった。郊外への転居も増加

コロナ禍により、東京圏での働き方・暮らし方は、激変した。在宅勤務(テレワーク)が浸透したことで在宅時間が長くなり、出社回数が減少し、都市部から近郊への転居、特に、安くて広い戸建て住宅は人気を博した。

(図表③)


同時に、高騰した新築マンションには手の届かなくなったことで、中古マンションを購入する例も増加し、地価も上昇した(図表③)。

 

(図表④)


コロナ禍は、結果的には超低金利下で住宅需要を急拡大させ、ウッドショックを生み、ウクライナ紛争の影響も加わり、建築資材不足で価格を急騰させた(図表④)。

 

(図表⑤)


最近では、新築戸建て住宅も、土地と建築費の上昇で販売価格が高くなり、売れ残りが増加している。図表⑤で見られるように、在庫が多くなっていて、転換期を迎えている。既に、在庫期間の長期化、値引き処分も散見されるようになってきた。

 

東京圏では、デジタル社会が定着したことで、オフィス・店舗市場を変えた

この2年間で、日本ではデジタル社会が進行し、コロナ禍前に戻ることはないと考えられる。以前とは異なる「新しい時代」へ突入している。デジタル技術の進展は著しく、賃貸オフィスや店舗の需要と、そのニーズも変えてしまった。大手通信会社の中には、自宅からオフィスへの出勤を、出張扱いにするという例も出ている。

また、小売業界でも、無店舗で販売する方法が増えて、店舗需要は縮小傾向が鮮明となっている。テナントの退去も多く、賃料も弱含みに推移している。

逆に、ネット社会は、倉庫・配送センターなどの物流施設の需要を急拡大させ、インターチェンジ周辺の地価を押し上げた。ただ、首都圏では大量供給が続いてきたことで、最近では供給過多も懸念されている。ホテルの大量供給と似て、市場規模を考えない一方的な供給は、禍根を残すことになる。

 

「インフレ」が不動産市況に与える影響は強まっていく

思いがけないロシアによるウクライナ紛争が始まり、世界経済が混乱し、「インフレ」が本格化してきた。インフレは、過去の例を見ても短期間では終わらないものと思われる。

米国では、高インフレが続いていることから、急ピッチの金利引き上げが行われているが、その効果は現時点では出ていない。

米国の金利引き上げは「円安」を加速させ、日本のインフレを一段と加速させて、生活必需品の価格上昇を助長させている。インフレの進行は、低・中所得者層の家計に打撃を与えることになる。家計の出費は増加し、生活防衛に走ることになる。住宅購買力の低下は避けられない。コロナ禍で急拡大してきた住宅需要にも、ブレーキがかかることが予想される。

 

(図表⑥)


図表⑥は、不動産業者が抱える中古住宅と土地の流通市場における割合の推移を示したものであるが、増加傾向が続いていて、売れ行きが鈍化、悪化しつつある。

この傾向が続けば、不動産業界内での業績不振企業・倒産の増加が想定される。この10年間、業界では「資金繰り」という言葉は消失していたが、久々に復活する可能性を否定できない時代を迎えつつある。

しかし、インフレの影響を受けない富裕層や好調な企業の不動産取得への意欲は衰えていない。むしろ、超低金利下で安定収益が見込める不動産は、インフレに強いという認識もあって、存在感が高まっている。

高齢化社会にあって、相続や事業承継対策、節税対策の目的による取引は活発化している。インフレは、立場によって異なる動きをもたらしている。

 

今後の「鍵」を握るのは、金融動向

日本の不動産市況が底堅く推移しているのは、超低金利と金融緩和によるものであり、米国のように金融政策が転換されれば、市場は冷え込み、価格の調整が進むことになる。

日銀の黒田総裁が、日本の不動産市場を強力に下支えしている。超低金利政策が円安を加速させていることで、海外からの投資需要も産んでいて、一定の価格下支え効果もあるものと考えられる。

元来、不動産と金融とは、不即不離の関係にあるが、近年はその関係が更に強まっていることから、今後の日本の不動産市況の行方は、インフレの進展度合いと日銀の金融政策にかかっていると考えられる。

何れにせよ、円安・インフレという新しい動きも生まれ、アベノミクス政策により始まった住宅・不動産全体の需要拡大に、変化の兆しが出て来たことは確かと言える。

今後は、景気動向と金融政策の行方に注目しておきたい。

 

不動産市況アナリスト 幸田昌則氏
ネットワーク88主宰。不動産業の事業戦略アドバイスのほか、資産家を対象とした講演を全国で多数行う。市況予測の確かさに定評がある。

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不動産市況

20220715vol. 41

「インフレ」が不動産市況に及ぼす影響は?

コロナ禍の収束が見えない中で、経済活動再開に向けた動きが強まってきているが、ここに来て、ウクライナ紛争の長期化による日本経済への影響が拡がっている。ロシアへの経済制裁の影響もあって物流・人流が大幅に低下したことで、天然資源や各種の資材・商品の供給が停滞し、価格が急上昇し、世界的にインフレ現象が生まれている。この現象に拍車をかけているのが、中国のロックダウンと急激な「円安」の進行で、国内の身の回りの商品の値上がりが顕著となってきている。

(図表①)


これまでは、企業物価の上昇が主であったが(図表①)、今後については、消費者物価の上昇は避けられない。

インフレの進行を阻止するために、欧米、特に米国では金利の引き上げを連続して行っているが、住宅ローン金利が5%を超え、住宅の取引件数が大幅に減少している。また、急ピッチの金利引き上げの影響は株式市場にも及び、投資家心理を反映して乱高下している。

一方、日本でもインフレ経済に移行しているが、日銀の黒田総裁の金融緩和政策は変わらず、低金利による住宅需要は減少傾向にあるものの、米国のような政策変更の兆しは、現時点では見られない。ただ、コロナ禍による住宅特需は消えつつある。

何れにせよ、住宅・不動産市場を取り巻く環境は、ウクライナ紛争の長期化で大きく複雑に変化してきた。今回は、急速に進行し始めたインフレが、不動産市場に与える影響について解説をしてみたい。

ウッドショックから始まった建築資材の供給不足、価格の急騰で、新規供給が困難に

現在、世界的規模でインフレが加速しているが、建築資材の価格高騰はコロナ禍による住宅特需が発端であった。しかし、今後の値上がりは、ウクライナ紛争・ロシアへの経済制裁に起因するものが増えてくると言われている。何れの要因であれ、足元の建築資材の高騰、住設機器の供給不足は、住宅に限らず広範囲に及んでいて、各種の建築計画に深刻な影響を与えている。

まず、新築マンションや建売住宅の供給は、事業用地の高騰、入手難で、減少傾向が鮮明になりつつあったが、オフィスビルや店舗ビル、賃貸住宅等と同じく、建築コストの高騰で、事業計画を中止する例が出ている。取得済みの用地が、そもそも高値圏での価格であることから、想定以上の建築コストでは、採算が見込めないというものである。

想定外のインフレで、事業主・発注者が慎重になり、新規供給が減少する事態を招いている。

更に、建築コストの高騰が、今後、地価の押し下げ要因となることにも注目しておきたい。日本では、個人の実質所得の上昇が見られないことから、住宅販売価格への転嫁が難しい状況にある。既に、値上げに踏み切ったハウスメーカー、住宅デベロッパーも少なくないが、大幅な値上げは販売での苦戦をもたらすことになる。建築コストを吸収しようとすれば、土地の取得価格を見直す動きが強まることになる。

(図表②)


(図表③)


この10年、空前の金融緩和(図表②)によって地価の上昇が続いてきたが、大都市の商業地価は既に2年前をピークにして下落に転じている(図表③)。そこに発生した大幅な建築コストの上昇は、地価の押し下げを促進させることになる。

経済の常識で言えば、インフレは株価や地価には概して追い風になると考えられるが、今回は、逆に向かい風になる可能性がある。

今後、日本でも金利の引き上げがあれば、高騰した地価の調整は避けられないものと考えられる。

高値圏の新規供給で、顧客の目は既存物件(中古)に向かう。「希少性」が評価される

建築資材や用地の入手難、価格の高騰が避けられない状況になると、顧客・投資家は、当然のことながら、既存(中古)の住宅・不動産へと視線を向ける動きが活発化していく。同様の例は車で、半導体などの部品不足で新車の供給量が減少したことで、中古車の市場が活性化。価格の上昇も著しく、希少価値のあるものは、当初の販売価格の数倍になっている。

不動産では、昔から「不動産の価値のトップは“立地”」と言われ続けてきたが、格差社会が一段と進行する中で、希少価値のあるものは、新規・中古とは関係なく、高額で取引されている。絵画・時計やブランド品も、希少性の高いものは、中古でも高く評価される時代となっている。

「円安」で、外国人投資家が、日本の不動産に再び関心を強めている

超低金利の日本では、不動産投資需要は根強く、景気の動向に左右されない富裕層の意欲は、依然として健在である。また、株価が軟調の中、安定した収益が見込める不動産は、魅力が増している。

更に、近年、目立ってきているのは、企業の不動産に対する関心の高さである。その背景には、目まぐるしく変化する社会・経済環境によって、事業構造が変化の波にさらされ続ける大変さを、痛感していることが挙げられる。安定した収益確保と共に、少人数での事業運営ができることで、経営者が不動産に関心を持つようになってきた。

(図表④)


さて、日本のインフレを加速させている要因の一つとして、「円安」も指摘されているが、この20数年ぶりの円安で(図表④)、外国人投資家が6月頃から色めきたっている。

確かに、これほどの円安水準になると、インバウンド旅行客が増えるだけではなく、日本の不動産、東京の不動産を購入しようという動きが起こることは、自然な流れだと言える。

かつて1ドル80円台だった時代に、日本人が海外不動産を買いまくったことが思い出される。インフレを促進させた円安は、日本の不動産需要を喚起させることになってきた。

今後、インフレと金融の動きに、目が離せない時が続くことになる。

 

不動産市況アナリスト 幸田昌則氏
ネットワーク88主宰。不動産業の事業戦略アドバイスのほか、資産家を対象とした講演を全国で多数行う。市況予測の確かさに定評がある。

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不動産市況

20220715vol. 41

不動産による相続税の節税手法と税制改正について

先般、前回のコラムで取り上げた不動産に係る注目の裁判に係る判決が出ました。出る前は、納税者よりの結果が出ることも期待されましたが、蓋を開けたところ、期待されたものにはなりませんでした。
今後、不動産を活用した相続税対策は、おさえた方がよいと考えるべきでしょうか。今回は、不動産を活用した相続税の節税手法について、税制改正による対応状況も含めて、検討してみたいと思います。

不動産による相続税の節税手法

財産をお持ちの方は、現金預金,株式等の有価証券から、金等の現物資産,そして不動産まで、様々な形で保有されています。その中で、不動産は「一物四価(※1)」とも言われるほど捉え方によって評価が異なる資産のため、相続税計算上の評価も慎重にすべきと考えられています。そのため、納税者に不利にならない様、一般的な取引価格よりも下げて評価することになっており、他の資産から不動産に変えるだけでメリットが生まれます。その他の手法も含め、不動産を使った相続税の代表的な節税手法は、下記が挙げられます。

※1 実際に取引される価格である「時価」,道路に面している標準的な宅地1平方メートル当たりの評価額である「路線価」,毎年3月下旬に国土交通省から公示される「公示地価」,毎年9月に各都道府県から公表される「基準地価」の他、固定資産税の根拠となる「固定資産税評価額」も加えて「一物五価」と言われる場合もあります。

⑴不動産の取得

土地であれば、評価のベースとなる路線価は時価の8割程度、建物の評価も建築価額よりも低い固定資産税評価額がベースとなりますので、不動産を取得するだけで、評価を圧縮でき、結果、節税につながります。

⑵不動産評価額の圧縮

前項に加えて、土地をどの様に利用するか,区切るか、又、建物であればどの様な配置で建築するか,どの様な資材を使って建てるか等で、更なる評価額の圧縮につながったり、建築後のランニングコストの発生態様が変わってきます。

⑶不動産を建築して貸出

不動産は、賃貸に出すことで、更に評価額は下がります。不動産の借手保護を意図した法律の存在等により、貸出すことにより所有者のコントロールが効きにくくなるためです。

⑷小規模宅地の特例の適用

もともと保有している不動産についても、相続の発生により住居を失ったり、事業の継続が難しくなることがない様、この特例の適用により、一定の場合には土地の評価額を最大8割下げることができます。

各手法の活用と法改正の状況

1.で、代表的な不動産の節税手法を挙げましたが、これらの変遷を確認する前に、先ずは、近年の相続税法の大きな改正として、こちらが挙げられます。

基礎控除は、相続税の課税対象となる財産の価値を無条件で引き下げるものですが、この改正の施行により、相続税が課されるケースが増え、節税に対する意識も高まりました。以下、1.で挙げた各手法と税制改正の状況について確認してみます。

⑴ 不動産の取得

近年、タワーマンションは、立地は勿論、高所得者のステータスとして、又、インバウンド投資の受け皿等として、乱立しました。上層階ほど眺望が良くなるため時価が高くなるわけですが、相続税の評価に階数による影響はありません。そのため、高層階ほど評価額と時価の差が大きくなるメリットが出ることもあり、相続税対策としてもてはやされる中、税制改正がなされました。

今のところ、相続税評価額は変わりませんが、ライフイベントに合わせた不自然な売買は課税庁(※2)も注視しているため、ストーリーなき売買は注意が必要です。

※2 不動産は、取得,保有,譲渡の各場面に応じて、様々な税金が課されます。取得時の不動産取得税は都道府県より、保有時の固定資産税は市区町村より課されますが、相続税,所得税等を課すのは国税庁になります。

⑵ 不動産評価額の圧縮相続税の財産評価上、土地の評価は単に筆毎に行うのではなく、建物の配置も考慮し、利用実態に即して区切って評価を行います。又、建物であれば、使う資材によって(計算上の)耐用年数は変わってきますし、造作の設置状況も影響します。そのため、オーナーを中心として、各専門家が協力し合うことで、より効果的な節税が図れます。
組織的に取り組む様になると、必然的に法人を活用するケースが出てきますが、法人で取組んでも営む事業が不動産事業のみの場合、合目的的な経費は限られます。そこで、以前から少額資産の取得を通じた節税スキームを利用する場合がありましたが、その一つであるドローンを用いたスキーム(※3)は、この4月以降できなくなりました。

※3 一式で10万円未満の資産を取得した場合、固定資産として計上した上で減価償却を通じて数年間に亘って経費化する必要はなく、一度に全額経費にすることが可能です。その上で、取得した資産をレンタルに出すことで資産の調達支出を回収でき、結果、一連の会計処理を通じて課税の繰延を図ることが可能でした。

生命保険に係る“バレンタインショック”(※4)以降、節税ありきの商品に対する法律の抜け穴は、以前にないスピードで手当される傾向にあります。

※4 近年、保険本来の機能である補償を第一義にするのではなく、支払った保険料を経費として扱える比率が高いこと(節税になること)を売り物にして保険の販売が行われてきたことを国税庁が問題視し、保険の取扱いを変更する旨の発表が行われました。その日付が2019年の2月14日だったため、“バレンタインショック”と言われています。

⑶ 不動産建築して貸出

不動産を貸出した場合、かつての法制度を踏まえた借手保護の趣旨に基づき評価額を下げるものですから、今後も、この点に大きな改正が起きることはないと考えられます。
むしろ、以前にご紹介もしている新しい制度をおさえておくことが必須と思われます。

配偶者居住権の活用は、節税になるケース、ならないケースがありますので、活用に当たっては、十分な検討が必要です。課税側も、一方的に規制を強化するだけではなく、古い制度を使いやすい様に改めたり、現在の社会情勢に即した制度を新設する動きもとっています。

⑷ 小規模宅地の特例の適用

都内に自宅を保有していれば、それだけで相続税が課される時代になってきましたので、税額へのインパクトの大きい本特例は、改めて注目が集まっています。
但し、死後に、あたかも適用が可能であったかの様な外形を整備する様な場合もありましたので、付け焼き刃の対応が意味をなさない様、改正がなされました。

この特例による評価圧縮効果は絶大ですが、要件が複雑ですので、専門家に相談しながら十分に検討して、適用するための準備をすることが重要です。

今後の展望

以上、不動産を活用した相続税の圧縮手法とその税制改正適用状況について確認してきました。何れの方法をとってみても、近年は特に制度の移り変わりが激しいため、最新の情報収集が欠かせません。又、一面だけ捉えて損得勘定をすると、トータルでは損する場合もありますので、注意が必要です。

これらの手法の中で特に気を付けたいものが、⑴の取得により、時価と評価額の差を活用するケースです。法律が異なれば立法趣旨も異なりますし、評価の場面が異なれば選択すべき評価方法が異なりますので、時価と評価額の計算結果に差が出ること自体は何ら問題ありません。

但し、不動産に限らず、相続税法(財産評価基本通達)で規定されている評価方法は、特定の課税負担者が不利にならない様に規定されている手法の一つでしかありません。あくまでも時価の代替として計算する評価額ですので、極端に偏った計算結果が出た場合は、その計算結果を採用すべきかの判断は、慎重に下すべきです。本稿の発端となった裁判でも、租税回避を目的としていたことが一番の問題となりました。

節税を第一義に謳ったスキームについては、懐疑心を忘れることなく、複数の専門家に相談しながら、取り組んでいただくことが重要です。この機会に、これまで行ってきた対策は適切だったのか、現在でも有効なのか、確認してみていただきたいと思います。

 

 

税理士 西村敦正氏
株式会社BAMC associates代表税理士。相続・事業承継を中心とする資産税が専門。1000件を超える相続コンサルティング実績を持つ。区画整理や不動産活用・開発に伴う案件に精通している。

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不動産市況

20220413vol. 40

住宅特需は一服。「富裕層と法人」の投資意欲は衰えず

コロナ禍はまだ続いているが、ロシアによるウクライナ侵攻という事態が生まれたことで、政治・経済など、多方面にその影響が出ている。いずれ、日本の不動産市場にも波及してくる可能性は否定できない。その理由としては、顧客の購買心理を考えたとき、立場によっては様子見をする人も出てくるし、一方では、絶好の買い場が来たと判断する人もいるだろうと推定できるからだ。
今後、コロナ禍、ウクライナ問題、そして金融動向等、複雑で不透明な市場環境となることは必至で、これらの動きを注意深く見なければならないと考えている。昨夏までの一本調子の需要の拡大・価格上昇には、すでに変化の動きが出ている。
本稿では、市場の実態と注目すべき動きについて解説をしたい。

コロナ禍による住宅特需に一服感

この2年ほど、住宅市場は大活況を呈してきた。

特に、大都市圏では、コロナ禍で人々の「暮らし方」や「働き方」が大きく変化してしまった。外出自粛が要請されて人流が著しく減少し、仕事ではテレワークが普及・定着したことで、多くの人が自分の「住まい」に関心を持つようになった。賃貸住宅から持ち家へ、都心のマンションから郊外の戸建て住宅への住み替え需要が強まり、住宅の特需が生まれた。

 

この現象は欧米でも見られ、ウッドショックと呼ばれる建設資材不足をもたらすことになった。その後も、世界的規模でのサプライチェーンの混乱や半導体の不足は、住設機器の品不足という現象を引き起こし、住宅産業界の経営問題にまでなっている。

(図表①)

しかし、住宅需要の拡大は、アベノミクス政策が始まって以降、10年近く続いていて、コロナ禍で需要拡大に拍車がかかったと見ることが出来る。コロナ禍の住宅特需は、需要の先食いをしてしまったとも言え、今では一段落したと思われる。

図表①で見られるように、流通市場では成約件数の減少傾向が顕著となっている。

 

また、顧客の質の低下によって、金融機関からの融資が厳しくなっていることもあり、住宅需要は拡大から縮小へと、転換期に入っている。

今後についても、人手に加え各種の資材も不足していることから、住宅価格は当分の間、高値水準での推移が想定され、その価格に顧客が追い付けない状況が続くものと考えられる。

「富裕層と法人」の不動産投資は衰えず

住宅需要の減速傾向とは対照的に、不動産市場での収益物件を求める動きは、依然として続いていて、衰えが見られない。その結果、希望条件に合う物件が極度に不足している。

その主な購入者を見ると、個人では富裕層と、企業などの法人となっている。しかも、彼らの多くは既に多くの収益不動産を保有していて、このタイミングで「買い増し」をしている。新規購入客は少ない。

一般サラリーマンからの関心も、相当に高いのだが、融資が得られない状況にあり、金融機関の融資先の選別による結果だと言える。

(図表②)
(図表③)

(出所)田中貴金属工業、日経平均株価

 

一方、買い増しをしている個人の富裕層は、コロナ禍による格差社会の進行で、昔に比べて増加している。
図表②で示されているように、高額所得者数は、リーマンショック以降、増加している。ここ数年間は、株価・土地や金などの資産価格の高騰で、ますます裕福になっている(図表③)。
最近では、利回りが低くても希少性の高い不動産には、高額でも引き合いが多い。その背景には、節税目的の購入があり、価格の押し上げ要因にもなっている。都心のタワーマンションなどでも見られる。
また、富裕層と並んで、投資市場では法人(経営者)の取引も多く、その存在感は一段と増している。コロナ禍が長引くことで、企業の業績格差も拡大した。好業績の企業が本業とは別に、新たな収益源として収益不動産の取得に積極的になっている。同時に、節税効果も享受でき、一石二鳥を狙った動きと言える。一方では、業績悪化によって、新たな事業として収益が見込める不動産オーナー業へと向かう企業も少なくない。オーナー業のメリットとしては、人手が要らず、安定した収益が即時に得られることがある。即ち、事業推進に当たって、事業内容がシンプルで容易、人手が少なくて済むため、マネジメント労力が殆どかからないということである。従来からの事業の将来性を考えた時、事業構造の転換が迫られる企業が、コロナ下で多くなっている。鉄道や百貨店などは、その好例と言え、業績の良否に関わらず、不動産への関心は高いのである。

 

さて、不動産購入の魅力には、今後、想定されるインフレにも強いということも挙げられる。一般的には、実物資産である不動産や金などは、インフレ経済下では追い風になる。ただ、注意しなければならないのは、これからの「金利」の動きである。金利の上昇は、不動産や金には逆風になると言われている。

(図表④)

図表④は、既に上昇へと舵を切り始めたアメリカの長期金利の、昨年までの推移だが、循環論的にも超長期のサイクルとしては、上昇トレンドへ転換するとする論者もいる。

長年に亘って超低金利政策・金融緩和政策が採られ、「日・米・欧」共に大都市の不動産価格は上昇してきたが、今後は日本でも、日銀の政策は現段階では変わらないものの、金融情勢の変化には注意をしておきたい。

ただ、金利の上昇によって不動産価格の調整があったとしても、不動産の価値はその収益力、それを担保する希少性にあることは忘れずにいたい。

コロナ禍の長期化で景気の二極化が一段と一段と進行していけば、優良な不動産が市場に出てくることになる。それは、絶好の買い場になる。不動産の価値を見抜く力が求められる時だと言える。

 

不動産市況アナリスト 幸田昌則氏
ネットワーク88主宰。不動産業の事業戦略アドバイスのほか、資産家を対象とした講演を全国で多数行う。市況予測の確かさに定評がある。

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不動産市況

20220413vol. 40

不動産の相続税評価について(路線価,固定資産税評価と不動産鑑定評価)

先日、2022年の地価公示がなされました。こちらは、適切な地価の形成に資するため、毎年1月1日時点の標準的な土地の価格を国土交通省より発表されるものです。不動産は、大量生産される商品とは異なり、全く同じ物件は存在しません。場面によっても適切な評価方法は異なってくることもあるわけですが、その中で、今回は、相続の場面における評価についてご案内します。

相続税評価における基本的な考え方

相続の対象は、不動産だけではありません。現預金,株式等のプラスの財産ばかりでなく、借入金,葬儀費用等のマイナスの財産(負債)まで多岐にわたります。具体的な評価方法については、『財産評価基本通達』(以下『財基通』)に委ねられています。

 

『財基通』の冒頭、総則1項では財産評価の原則が示されています。評価は、例えば土地ならば通常土地を識別する単位である“筆”毎ではなく、利用単位の区画毎に評価すること。又、価値を付加するのは、過去の支出額,現在の取引価格等が考えられるわけですが、亡くなった時点の時価に依るとしています。

更に、具体的な評価に当たっては、その計算に影響を及ぼす可能性のある事情については、加味することを求めています。

*国税庁HPより

 

具体的な財産評価の例

⑴金融資産

・現預金

亡くなった方が亡くなった時点で保有していた残高そのものが課税対象になります。

・株式

上場株式とそれ以外で分かれ、上場株式については、亡くなった日の最後についた取引価格(最終価格),亡くなった日が属する月の最終価格の平均,その前の月の平均,前々月の平均の4つの内で、一番低い価格を採用します。

一方、上場株式以外(未上場株式)は、殆ど流通せず取引価格を探すことができないため、『財基通』で発行会社の規模,種類等に応じた評価方法が細かく規定されています。

⑵固定資産
・土地

市街地であれば、道路毎に設定された1㎡当りの価格である路線価をもとにする評価する路線価方式、郊外であれば、固定資産税評価額をもとにする倍率方式で評価することになります。

・建物

固定資産税評価をもとにして、賃貸に出しているか否か,出している場合は、全戸数のどの程度賃貸しているか等の状況を加味して評価していきます。

相続税法の評価方法について

例えば2.⑴の金融資産であれば、現預金は、評価を変えようもないですが、株式については、上場株式は不測の価格変動を評価に反映させない様に選択の余地があります。

また未上場株式については、評価方法の範囲内で、評価額をコントロールすることが可能です。

 

同様に、固定資産についても、もともと路線価自体が、冒頭で挙げた公示地価の8割程度、固定資産税評価額は7割程度とされていますが、取得時に支払った売買価格よりも大幅に低い場合、保有している不動産の資産価値はそのままで、結果として、相続税計算上の評価のみ下げることができ、ここに、相続税節税の余地が生じます。

 

『財産評価基本通達』総則6項の存在

但し、その乖離が著しい場合には補正する場合があることを謳っているのが、『財基通』総則の最後に規定されている6項になります。

*国税庁HPより

この規程は、いわゆるバスケット条項で“伝家の宝刀”とも言われていますが、現在、抜かずの刀が実際に抜かれ、国と納税者の間で裁判にもつれ込んでいる係争案件があります。

 

1.で確認した通り、もともと、各財産を個別に評価基準を示す前提として、”時価”により、評価することを『財基通』の冒頭で述べているわけで、国側はこの案件に限っては、”時価”としては路線価による評価は妥当ではなく、不動産鑑定評価による価格の方が妥当としています。一方で、『財基通』の各論では、不動産の評価方法については2.⑵の通り規定されているわけで、どの様な場合にはこの規定が使えなくなるのかが明確でありません。

 

この争いの中で、総則6項が適用される条件が示されるかもしれず、今、その推移が注目されているところです。その結果次第では、今まで節税対策として取得した、或いは、今後取得を検討している物件について、その見直しを求められるかもしれません。

 

現在保有されている不動産は、決して節税を目的として取得してわけではなくとも、路線価とは大幅に乖離している場合もあります。相続税対策については取り巻く状況次第で常に見直す必要がありますので、この係争案件の結論が出た後、一度、点検してみてはいかがでしょうか。

 

税理士 西村敦正氏
株式会社BAMC associates代表税理士。相続・事業承継を中心とする資産税が専門。1000件を超える相続コンサルティング実績を持つ。区画整理や不動産活用・開発に伴う案件に精通している。

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