2017.03.14
特別コラム

須田慎一郎が分析する今後の為替動向と日本経済

トランプ大統領の登場によって、間違いなく「ゲームのルール」が変わりつつある。これまでの「ドル高・円安」のトレンドが、「ドル安・円高」にシフトする可能性が出て来たのだ。しかし今の経済情勢下での「ドル安・円高」へのシフトは、日本経済にとってまさに悪夢。果たして、その可能性はあるのかどうか ・・・ 。そして今年、あるいは2020年東京オリンピックまでの間に、日本経済はどのように動くのか。個人消費がそのカギを握ることになると思われるが、その個人消費はいまだ低迷したまま ・・・ 。政府が、消費拡大を促すために、どのような政策を打ち出すのかに注目だ。

経済ジャーナリスト 須田慎一郎氏 経済ジャーナリスト。 1961年、東京生まれ。日本大学経済学部卒。[br] 経済紙の記者を経て、フリー・ジャーナリスト転身。[br] 「夕刊フジ」「週刊ポスト」「週刊新潮」などで執筆活動を続けるかたわら、テレビ朝日「ビートたけしのTVタックル」、読売テレビ「そこまで言って委員会NP」、ニッポン放送「あさラジ」他、テレビ、ラジオの報道番組等で活躍中。[br] 平成19年から24年まで、内閣府、多重債務者対策本部有識者会議委員を務める。政界、官界、財界での豊富な人脈を基に、数々のスクープを連発している。[br] ▶著書[br] 『偽装中流 中間層からこぼれ落ちる人たち』KKベストセラーズ、2016年1月[br] 『アベノミクスが激論で解けた!』小学館、2013年4月[br] 『金融資産は今すぐ現金化せよ』KKベストセラーズ、2008年[br] 『ブラックマネー』新潮社、2008年

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アベノミクスの本音と建前

ここ最近のマーケット参加者の多くは、トランプ大統領の一挙手一投足に注目しているのが実情だ。古典を引用するならば、まさにその様は水鳥の羽音に驚く平家そのままだったと言える。[br] そして一連のトランプ発言の中で、マーケット参加者が最も注目したのが、「ドルは高すぎる」だと見ていいだろう。[br] もっとも、このトランプ発言は中国の人民元を強く意識したものなのだが、トランプ大統領は同様の認識を日本円に対しても持っている、という見方もマーケットサイドでは燻っている。[br] もし仮にトランプ大統領がそうした問題意識を持っているとするならば、遠からず日本に対して〝ドル高・円安〟の是正を迫ってくるはず、とマーケットは見ているのだ。[br] ドル円の為替レートは、4年前に第二次安倍政権が発足した以降、一気に〝ドル高・円安〟の傾向を強めていく。民主党政権時代には、80~90円で推移していたドル円は、安倍政権発足以降急ピッチで円安が進展、一時は125円を付けるまでに至ったのだ。[br] なぜ、そうした方向に為替のトレンドが変化したのかというと、日銀が〝異次元の金融緩和〟に踏み切ったからに他ならない。日米の金利水準が同程度(当時は日米共に実質ゼロ金利)の状態で、円の発行量・流通量がドルのそれと比べて相対的に増加していけば、円安に振れていくのは当然だ。[br] そしてそうした円安を受けて、日本の主要輸出関連産業(自動車、家電・エレクトロニクス・電子部品、機械)の企業業績は急ピッチで好転し、株価上昇につながったと言っていいだろう。はっきり言って、それがアベノミクスの正体なのだ。[br] しかしこの〝円安〟が、下請け企業、部品メーカー、金型メーカーなどに代表される中小・零細企業に恩恵をもたらすことはなかったのだ。それというのも、新興国の台頭などでグローバル競争が激化したことによって、製品価格(例えば、自動車、薄型テレビ等の値段)の急激な低下を招いたからに他ならない。[br] 結果、大手メーカーは、中小・零細企業に対して部品価格の値下げを強く要求することとなった。このため大企業が、円安状況を受けて急激に業績を回復させる一方で、中小零細企業には何の恩恵も無かったのだ。[br] いずれにしても、黒田日銀総裁や安倍首相は口を揃えてこう説明していた。「金融緩和策の狙いは、デフレ脱却、インフレ誘導だ」と。しかしそうした物言いは、あくまでも建前だというのが筆者の見立てだ。[br] それというのも「その狙いは、円安誘導だ」と本音を言ったとたん、それこそ日本は、中国と同様に〝為替操作国〟との批判を浴びてしまうからに他ならない。[br] しかしだからと言って、日本がそうした建前をタテに好き勝手に円安誘導が出来るわけではない。それというのも、そんなことを好き勝手にやってしまったならば、米国の逆鱗に触れ、何らかの形で制裁を課せられることになるのは必至だからだ。[br]

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アメリカが抱える「双子の赤字」

これは複数の財務官OBからオフレコを条件に聞いた話だが、「日本は自国の為替政策に関して必ずしも独立性を有していない。アメリカの事実上の支配下にあると言っても過言ではない」と。[br] 改めて説明するまでもないと思うが、財務省の中にあっては三役の一人に数えられる財務官は、日本の国際金融政策・為替政策の司令塔とでも言うべきポスト。そのポストに就いていた複数のOBが言うのだから、まず間違いのない真実だろう。[br] だとすると、安倍政権が進めてきた〝異次元の金融緩和策〟に関して、オバマ前政権は、この政策によって円安に振れることを容認してきた可能性が高い。[br] そもそも米国は、ここ近年基本的には、ドル高状態を維持することを為替政策の基本に据えてきた国だ。それというのも米国が、〝双子の赤字〟という構造的欠陥を抱えているからに他ならない。この〝双子の赤字〟とは、巨額の貿易赤字(経常収支赤字)と巨額の財政赤字のことを指す。[br] この二つの赤字をそのまま放置してしまったならば、米国から外国への大量の資金流失が発生し、米国内は資金ショートを起こしかねない。そこで〝ドル高・金利高〟にすることで、流出した資金の還流を狙ったのだ。さらにクリントン政権においては、そこに〝株高〟も加えることで、外国からのさらなる資金流入を促そうとしたのでる。そしてその狙いはズバリ的中することになるのだが、その結果、米国の金融マーケットはバブル状態に突入し、最終的にはリーマンショックという形でバブルは崩壊してしまう。とは言え〝双子の赤字〟が解消されたわけではない。そしてそれゆえに、再び〝ドル高・金利高〟へ向かって動き出そうとしているのが、現在の米国の置かれた状況と言えよう。[br] マーケット参加者も、そうした米国の事情を前提に資金の運用に動き出そうとしていた矢先、例のトランプ発言、「ドルは高すぎる」が飛び出してきたのだ。

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「ドル安・円高」が引き起こす悪夢

「もしかすると、トランプ大統領はドル安誘導に動き出すかもしれない ・・・ 」、マーケット参加者がそう受けとめたとしても何ら不思議ではない。[br] つまり、トランプ大統領の登場によって〝ゲームのルール〟が変わる可能性だって必ずしもゼロではないのだ。[br] 具体的には米国が〝ドル安・金利安〟に動くことも、あり得るということだ。[br] そして米国のそうした動きは、〝円高〟に直結し日本経済に大きなマイナスの影響を及ぼすことになるだろう。[br] 具体的には、日本経済の牽引役とも言える輸出関連産業(自動車、電機、機械)は、それこそ大きなダメージを負うことになるだろうし、その影響は間違いなく中小・零細企業にも及ぶことになる。[br] そうしたことを踏まえた上で、為替という視点だけで今回の日米首脳会談の結果を捉えてみると、とりあえずは「成功」と言えるのではないだろうか。それというのも、今回の会談においては、為替問題がまったく議題に上らなかったからだ。このテーマに関しては、今後も何事もなく推移していくのか。それとも何らかの形で浮上してくるのか、要注目と言えるだろう。[br] もし万が一、〝ドル安・円高〟という状況になってしまったならば、日本株の下落は回避できないだろうし、日銀は日銀で金融緩和策を手仕舞いせざるを得ない状況に追い込まれ、金利上昇(国債価格の下落)は回避できないはずだ。[br] 日本経済にとっては、まさに悪夢とでもいうべき展開だ。しかも悪夢はこれで終わりではない。[br] 金利上昇(国債価格の下落)は、国債を大量購入している日銀のバランスシートを大きく傷つけることになるし、日本政府の国債利払い負担が大幅に増加することにもつながる。[br] そしてその結果、政府・日銀への信頼が低下することで、円売りが加速し、トランプ大統領の意図に反して極端な円安になる可能性だって充分にある。[br] さて我々も、世界のマーケット参加者にならって、トランプ大統領の一挙手一投足に注目すべきだろう。[br]

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「個人消費」が握る景気のカギ

さて、今年1年間の景気・経済動向を占う上で最も注目しなくてはならないのが、個人消費の動きだろう。[br] 2月13日に内閣府が発表した、2016年10~12月期の国内総生産(GDP)の速報値では、実質で前期比0.2%(年率換算1.0%)のプラスを記録した。結果的に、4四半期連続のプラス成長を維持したが、これは好調な外需に支えられたためだ。その一方で、GDPの約6割を占める個人消費は、相変わらず低迷したままだ。日本経済が、本格的な景気回復の軌道に乗るかどうかは、ひとえにこの個人消費にかかっていると言っていいだろう。[br] 政府も、そのことをわかっているからこそ、何とか個人消費の拡大を促そうと「プレミアムフライデー」なる奇策まで繰り出したのだろう。しかし個人消費の拡大は、所得・収入の安定的な増加が見通せない限りまず難しいだろう、というのが筆者の結論だ。[br] つまり今年も、輸出頼みの状況が続くということに他ならない。そしてそれは今年だけに限った話ではない。中期的なスパンを見通す場合でも、仮に2020年の東京オリンピックというビックイベントを考慮に入れたとしても、個人消費の拡大が見込めなければ、本格的な経済成長は望めないだろう。[br] そこで政府の政策についても、個人消費の拡大を促すことを目的としたものが、矢継ぎ早に打ち出されてくるはずだ。そうした状況の中で、目玉政策として浮上してくる可能性が高いのが、減税策、具体的には所得税減税だ。「所得税減税」は、見方を変えれば、個人に対する補助金の支給と同じ意味合いを持ってくる。あるいは「住宅ローン減税」ということも充分に考えられる。それというのも住宅購入は、個人消費を拡大させていく上での起爆剤となるからに他ならない。[br] 都内の不動産市況も、東京オリンピック特需だけに頼る場合には、2018年からせいぜい2019年前半までがピークと見ていいだろう。しかしそこに減税などの政策的な後押しが加わってきたならば、不動産マーケットの活況はまだしばらくの間、続いていくはずだ。今の不動産マーケットは、実需が伴なわなければ瞬く間に失速していく。それが1980年代末のバブル期との最大の違いだ。[br] いずれにしても今後の日本経済の動向は、ひとえに個人消費にかかっていると言っていい。その動きには要注目であることは間違いない。

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