2016.11.01
特別コラム

須田慎一郎が見る不動産マーケットの方向性

「アベノミクスの恩恵を全国津々浦々に届ける」と宣言した安倍首相。政策コンセプト第一弾「トリクルダウン理論」と第二弾「一億総活躍社会」の違いはどう国民の生活に影響を与えるのか。「一億総活躍社会」実現の為の具体策「働き方改革」が起こす住宅に対する位置づけの変化を説明する。

経済ジャーナリスト 須田慎一郎氏 経済ジャーナリスト。 1961年、東京生まれ。日本大学経済学部卒。[br] 経済紙の記者を経て、フリー・ジャーナリスト転身。[br] 「夕刊フジ」「週刊ポスト」「週刊新潮」などで執筆活動を続けるかたわら、テレビ朝日「ビートたけしのTVタックル」、読売テレビ「そこまで言って委員会NP」、ニッポン放送「あさラジ」他、テレビ、ラジオの報道番組等で活躍中。[br] 平成19年から24年まで、内閣府、多重債務者対策本部有識者会議委員を務める。政界、官界、財界での豊富な人脈を基に、数々のスクープを連発している。[br] ▶著書[br] 『偽装中流 中間層からこぼれ落ちる人たち』KKベストセラーズ、2016年1月[br] 『アベノミクスが激論で解けた!』小学館、2013年4月[br] 『金融資産は今すぐ現金化せよ』KKベストセラーズ、2008年[br] 『ブラックマネー』新潮社、2008年

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はじめに

取材や講演会活動などで、日本全国を飛び回っていて、最近になって気が付くことがあった。ここ1年ぐらいの傾向だろうか、どこへ行っても間違いなく尋ねられる質問が一つある。尋ねてくるのは、地元の企業経営者、商店主、会社員、はたまた家庭の主婦など、それこそ千差万別と言っていいだろう。[br] その質問がどんなものかというと、多少の言い方の違いこそあれ、要約すると以下の様になる。「いったい、いつになったら景気回復を実感できるのか?」と。[br] 安倍政権が発足してから、早や4年近い月日が経とうとしている。安倍首相は、政権発足当初から国民にこう言い続けてきた。「アベノミクスの恩恵を全国津々浦々に届ける ―――」[br] ところが、待てど暮らせどその〝恩恵〟とやらは、我々国民のもとに届いていないのが本当のところだろう。結果、景気回復を実感できていない国民が大多数を占めていることは間違いないはずだ。[br] そうした状況を考えると、前述したような疑問や質問が、日本全国の人達から出てくるのも当然と言える。[br] おそらく当コラム読者も、これと同様の疑問を持たれていることと思う。[br] それではなぜ今に至るも、私達は景気回復を実感できないのだろうか。

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失敗に終わった「トリクルダウン」

その最大の理由は、働く現役世代の賃金、所得が増加していかないからに他ならない。[br] もちろん安倍首相だって、そのことを実現するために、これまで全力で取り組んできたことは間違いない。[br] そして、そのために安倍首相が打ち出した経済対策が、言うところの〝アベノミクス〟だった。もっとも、そのアベノミクスだが、昨年の9月を境に、その前と後では政策の中身が大きく変わっていることに、読者の皆さんはお気付きだろうか。多分、気が付いていない方のほうが大半だろう。なぜなら新聞やテレビなどのマスコミが、そのことについてほとんど報じていないからだ。[br] 昨年9月までの段階では、安倍首相は「トリクルダウン理論」という手法で、景気回復を実現させようとしていた。このトリクルダウンとは、「水などが滴り落ちる」というような状態を意味する。その意味するところを理解していただくために、まず頭の中に、八分目まで水が入ったコップをイメージしていただきたい。[br] このコップに、さらに水を注ぎ込んでいったならば、当然のことながらコップのフチを水が超えた時点で、水はコップの外へ溢れ出す。そうした状態のことを指して、トリクルダウンと言うのだという。[br] この場合、コップは大企業、水はお金や利益を意味する。つまり大企業が下請け企業や部品メーカー、はたまた労働者に利益配分するためには、一定水準以上の利益の蓄積が必要だ、ということを示したのが、前述のコップと水との関係だ。[br] このロジックが正しいとするならば、大企業がある程度の利益をあげなければ、中小企業も含めた働く現役世代の収入が増えていかない、ということになる。だからこそ安倍首相は、まず大企業の利益を増加させることに全力をあげたのである。[br] そして安倍首相は、円安誘導や法人税減税などを実行に移し、大企業の利益を拡大させることに成功したと言っていい。しかし、そこから先が続かなかった。[br] つまり一向に、〝トリクルダウン〟が発生しなかったのだ。ならばなぜ、そうなってしまったのだろうか。[br] 筆者の分析では、グローバル競争が激化したことと、新興国の景気低迷が、その主な理由だ。だとしたら、さらに水をいくら注ぎ込んでみたところで、水が溢れ出てくることは無いだろう。[br] おそらく安倍首相もそのことに気が付いたからこそ、経済対策の中身を大きく変えたのだろう。

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「一億総活躍社会」で景気回復

さて安倍首相は、これからどうやって景気回復を実現させていくつもりなのだろうか。[br] 残念ながら現時点では、まだその全容は明らかにされていない。しかしそのヒントは、もう既に示されている。ただ、多くの人がそのことに気が付いていないだけなのだ。[br] そしてそのヒントとは、「一億総活躍社会」とネーミングされた政策コンセプトのことを指す。[br] この政策コンセプトが、初めて世の中に登場してきたのが昨年の9月だった。自民党の総裁選で再選を果たした安倍首相が、記者会見の席上、「これから我々は、『一億総活躍社会』の実現を目指していく」と宣言してみせたのだ。[br] このキーワードの意味するところを一言で言ってしまえば、働く人の数を増やして世帯単位の収入・所得を増やす、ということに他ならない。「トリクルダウン理論」が働き手一人一人の収入・所得を増やすことに軸足を置いていたのに対し、「一億総活躍社会」は世帯単位の収入、所得を増やしていくことに重点を置いている。[br] そして「一億総活躍社会」という政策コンセプトを実現させるための具体策が、現在、安倍政権が強力に推し進めようとしている「働き方改革」なのだ。

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変化が予想される不動産マーケット

マスコミ報道などを見ていると、様々なメニューが並んだ、まさに総花的な施策に映る「働き方改革」だが、多くのマスコミや識者はまだ気がついていないようだがその最大のポイントは、「労働時間の短縮」の実現になると見ていいだろう。[br] そして「労働時間の短縮」を実現させるためには、どうしても成果主義の導入が必要不可欠となってくる。[br] 各企業で成果主義が実効性を伴う形で導入されたならば、それは在宅勤務というワークスタイルに大きく道を拓いていくことになるのは明らか。[br] これまで日本の労働現場では、基本的には〝働いた時間〟によって働き手は評価を受けてきたと言っていいだろう。そしてそれがゆえに、働き手は、職場やオフィスに長時間にわたって縛り付けられてきたのだ。これが〝成果主義〟に切り変わることで、働き手のライフスタイルは劇的に変化することになるはずだ。[br] これまで働き手にとって、自宅、自室は基本的には、〝寝に帰る場所〟だった。ところが〝成果主義〟が導入されることで、自宅、自室は、仕事や生活をするうえで多くの時間を過ごす場所へと変化するのだ。[br] このことは、不動産マーケットにも劇的な変化をもたらすことになるだろう。それと言うのも需要者のニーズが、これまでとは一変する可能性が高いからに他ならない。[br] この物件は在宅勤務に適しているのかどうか、この部屋はプライベートタイムを過ごす上で快適か ・・・ などなど。[br] つまり、「働き方改革」が実際に動き出したならば、不動産マーケットにおいて、質的、量的変化が発生することは確実だと言っていいだろう。[br] そしてそうした変化にいかに応えていくかが、不動産マーケットで勝利を収めるポイントとなっていくはずだ。[br][br] 次回は、失敗に終わった、黒田日銀総裁の金融緩和戦略と、そのことの不動産マーケットへの影響について説き明かしたい。

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